閑話① サイラスの憂い
閑話にしちゃったけど、本編にとって重要な内容かも。サイラスを主役に立てて、過去回をなぞってます。
サイラスは、王都一の魔法使いである。
魔法使いの中では最強クラス。そう断言しても過言ではなく、彼が魔導師長という座に就いたのも、雨が空から降るのと同じくらい自然な流れであった。
依人の勇者パーティ脱退が決まった日。
魔導師長室(ただの仕事部屋)にて、サイラスは一人の部下を呼び出していた。
「ミアラ、お主に頼み事があるんだが、いいか?」
「はい、なんなりと」
ミアラと呼ばれた女性は、サイラス直属の隠密部隊の一員だ。
金髪を一つに束ね、今は白いシャツにズボンといった、ごく普通の町娘のような恰好をしている。
「鑑定士、依人に同行してほしい。もし彼が死にそうな目にあったら、こっそり助けてやってくれないかのう」
その名を聞いて、ミアラは意外そうに目を見開いた。
「は、あの追放された鑑定士の、ですか?何か気になることでも?」
「いやいや、念のためじゃよ。彼には秘めたる力があるかもしれん。だとしたら、あまり王国を恨まれても目覚めが悪いでの」
それは、長年生きた老人の勘──などという大それたものではない。
この王国では、力こそが権力だった。強いものは優遇され、弱いものは排除される。
国王然り、騎士団長ロイド・ブラックウッド然り。
しかし、魔法使いであるサイラスの興味は、そんなところにはない。
好奇心だ。
魔法使いに欠かせない素質は、好奇心と探求心。それが彼の理念であり、珍しいスキルや未知の事象には、首を突っ込まずにはいられないのだ。
そうして得た知見の引き出しこそが、彼が最強たる所以といえよう。
どれほど強大な魔法でも、相性次第では格下に負けることもあるし、どれほど些細な魔法でも特定の分野ではとても実用的なものであったりもするものだ。
彼は、『鑑定』というスキルに"期待"していたのだ。
「わかりました。では彼をマークします」
「うむ、頼むぞ。それと、リィリスも連れていくとよい。……二人なら、退屈もせんだろう」
ミアラは一瞬、何かを言いかけたが、静かに頭を下げて部屋を後にした。
────
サイラスは王都一の魔法使いである。
それゆえ、世界に満ちる"魔力の揺らぎ"には敏感だった。
「──ッ!」
いつもの訓練場で、兵士たちに魔法を教えていたときのことだ。
朝露を払うよりも簡単なことすらできない兵士たちに飽き飽きしながら、退屈しのぎに探知魔法をどれだけ正確に、かつ広く展開できるかを試していた。
その時、とある禍々しい魔力が、数十キロメートル先に突如として発生したのを捉えた。
しかし、彼がどうしたものかと逡巡している間に、その気配は何もなかったかのように、綺麗さっぱり消滅してしまう。
消えるまでの間に、彼が得た情報はただ一つ。
探知魔法をそこに集中し、その禍々しい魔力の正体を突き詰めたのだ。
それは、人生で何度か目にしたことのある──"呪い"だった。
午前の訓練を終えても、やはり胸騒ぎが消えない彼は、その正体を探ることを決意する。
「すまぬ、急用ができた」
補佐の教官に告げるや否や、浮遊魔法や風魔法を駆使し、最速で異常発生地点へと向かった。
王都からルーフェルに向かう街道。そこで彼が見つけたのは、一つの破壊された馬車だった。
──人は、いない。
「ここで何かが起きたのは間違いなさそうじゃが……」
もちろん、探知魔法は常時展開している。
それでもこの周辺に残された、微量の呪いの残渣を探知することはできるものの、追跡をすることは不可能だった。
ここにあった"何か"は、この場所で完全に消滅したようなのである。
「強力な呪詛魔法がここで使われたか、いや、断定するのは早計というものじゃな」
一度王都へ戻って、最近変わったことがないか情報収集をしようかと、彼がそう考えたとき、彼の探知魔法にあの禍々しい魔力が再度引っ掛かった。
「──ルーフェルのほうじゃな」
それは、先ほどよりも強烈な波を放っていた。
────
全速力で駆けつけた先は、あろうことかギルドの倉庫だった。
(こんな街のど真ん中で、一体何が!?)
疑問には思うものの、考えるよりもまず先に状況の確認を優先した彼は、倉庫内に繋がる扉を荒々しく開けた。
バタン!
すると、そこで彼が目にしたのは。
鑑定士の依人と、その横には聖遺物──いや、"聖遺物だったもの"が転がっていた。
「サイラス様!?一体、何がどうなって……」
さて。この騒動の収拾については、あえて語るまでもないだろう。
余計な重複は切り捨て、物語を先へと進めることにする──。
────
サイラスは、王都への帰路、そして魔道師長室に戻ってからもずっと浮かない顔をしていた。
「一度目に感知した街道での"魔力の揺らぎ"、そのとき呪物が暴走しかけたのを彼女が食い止め、そして二度目に感知した"魔力の揺らぎ"が、倉庫内での騒動と考えるのが自然じゃろうな」
しかし悩んでいるのはそれではない。
あの日あの場にいた少女──エリナに、かつての聖遺物の力が魔力という形で彼女に移ってしまったようなのだ。
MP17000──その膨大な魔力量は、どうしても浮いた存在として探知魔法に引っ掛かり、気になってしまう。
「警告しておくべき、かのう。あの力を制御しなければ、娘の身が危ない」
そこでサイラスが呼び寄せたのが、隠密部隊の三人目、カイトであった。
「すまんなカイト。お主に頼み事があっての」
「はっ、閣下。なんなりと」
現在は任務にも就いていないはずの彼は、黒装束を身にまとっている。
いつ呼ばれてもいいように、なのだろう。
依人への伝言と品を託されると、カイトは去り際にも深々と頭を下げ、部屋から消えた。
「相変わらず、真面目な男よのう」
サイラスは、王都一の魔法使いである。
それゆえに、彼にはやることがたくさんある。
そして恐らくそれは、これからも、この先も、ずっと──。




