第11話 鑑定士は、スキルを強奪する
(やばい、やばい、やばい......ッ!!)
大斧が地面を叩くたび、石畳が悲鳴を上げて砕け散る。
いくらゾルタンが衰弱しているとはいえ、筋力は文字通り桁違いだ。
かすっただけで俺の細い骨など容易く粉砕されるだろう。
必死に回避を続けながら、俺は焦燥の中で因果の強奪を発動する。
まずは、あの狂凶な獲物を奪わなければ話にならない。
「逃げんじゃねえぞ!この鑑定士風情がぁ!」
ゾルタンが大きく斧を振りかぶる。その予備動作の瞬間──狙うは、黄金に輝く因果の糸『斧技Lv9』。
(……ここだ!)
「──『因果の強奪』!!」
俺は神経を集中させ、もっとも太く輝く黄金の糸を鷲掴みにした。
【強奪対象:スキル『斧技Lv9』を選択──実行します】
彼が十数年かけて積み上げてきた、血と汗の結晶である技術が、光の奔流となって俺の右腕へと流れ込む。
「がぁっ!?.......ァ....?」
ゾルタンの口から、肺の中の空気がすべて漏れ出たような声がでる。
直後、ゾルタンの動きが凍りつく。
振り上げた大斧の重さに耐えきれず、自らの武器に引きずられるようにして無様に後方へ転倒したのだ。
「な、なんだ……?斧が、重い……?持ち方が……わからねえ……っ!」
呆然と自分の手を見つめるゾルタン。
それは単なる健忘ではない。長年培ってきた「熟練度」そのものが魂から消去されたことによる、本能的な恐怖。
跪くゾルタンを見下ろしながら、俺は冷徹に思考する。
(......それでもコイツのステータスには遠く及ばないんだよなぁ。保険だ、根こそぎ奪っておこう)
『重装歩兵Lv6』『威圧Lv8』『指揮Lv3』『蛮力の咆哮』。
視界に映るすべてのスキルを、無慈悲に剝ぎ取った。
【『斧技Lv1』『重装歩兵Lv1』『威圧Lv1』『指揮Lv1』『蛮力の咆哮』を習得しました】
【超過分のスキル経験値を変換──レベルが上昇しました。Lv2→15】
「......っ、きた!」
全身に爆発的な力が満ちていく。
ふむ、強奪したスキルはLv1にリセットされて、その余剰分が経験値として還元される仕組みなのか。
レベル差が一気に縮まった。これなら──いける!
俺は精神的な余裕を取り戻し、先ほどゴブリンから奪った棍棒をゾルタンに突き出す。
「あんたが他人の命を削ってでも守りたかったその力、俺が『仕分け』させてもらったよ」
本音を言えば、腰の短剣を使いたかったが、あいにく短剣スキルを習得していない。
ダサいが、ここは棍棒術Lv1に頼らせてもらう。
「クソッ、なんでだ!」と地団駄踏んでいたゾルタンが、逆上して「この野郎ッ!」と再び大斧を持ち上げて攻撃してくる。
しかし、技術を失った彼の持ち手は、あまりに斧刃によりすぎていた。
リーチの短いそれは虚しく空を切る。
(片手で大斧振り回すとか化け物だろ。やはりステータスは侮れないな)
俺は慎重に間合いをつめ、棍棒を振りぬいた。よし、まずは一撃!
一瞬怯んだゾルタンは、ついに武器を捨てる。
「ふざけるな……!ぶち殺してやるッ!『蛮力の咆哮』!!」
それは、俺が先ほど奪ったステータスを強制上昇させる強化スキルだ。
もちろん、結果は──。
「……む、あれ? ……発動しない…!?『蛮力の咆哮』!」
どれだけ喉を震わせても、ただの惨めな叫び声が路地に響くだけだ。
発動に必要な感覚──力そのものが、彼の内側から根こそぎ消えている。
「クソッ! なんでだッ!!」
彼にとっては最終奥義だったのだろう。切り札にも裏切られた恐怖で、ゾルタンの顔が真っ青に染まる。
そんな彼を冷めた目で見つめながら、俺は一歩踏み出した。
「無駄だよ。あんたのスキルは、さっき全部『仕分け』済みだ」
やけくそになったゾルタンが、獣のように素手で掴みかかってきた。
それを半身でいなし、振り返りざまに相手の脛を強打する。
「あがっ!?」
うずくまったゾルタンの脳天へ、容赦なく追撃を加えた。
「クソクソクソ!なんで俺がこんな鑑定士に!」
片膝をつき、恨み言を吐き散らすゾルタン。まだまだ元気なようだが、その瞳にはもう、戦士の光は残っていない。
俺は虚脱状態の彼を路地裏に残し、その場を後にした。
数々の悪行の報いだ。自業自得だろう。
──────
そんな騒動から数日後。
ギルドに足を運ぶと、入り口に見慣れた銀髪の少女が立っていた。
以前の死にそうな雰囲気は消え、透き通るような肌には健康的な赤みが差している。
「あ……依人」
エリナが俺に気づき、小さく手を振った。 その顔には、年相応の柔らかな微笑みが浮かんでいる。
「おー、エリナ。体調はもう治ったのか?」
「ええ。ルーファス様たちが協力してくれて、しばらくはギルドの宿舎で寝泊まりしていいって。……それで、お願いがあるの」
彼女は真剣な眼差しで俺を見つめた。
「私、あの人たちに利用されるまで、ずっと一人だった。……でも、あなたはそんな私を救ってくれた」
エリナは一呼吸置き、決然と告げた。
「恩にさらにつけ入るようで悪いんだけど......私を、あなたのパーティに入れてもらえないかしら」
意外だった。
意外すぎる申し出に、俺は驚いた顔を隠せず、どう返したものかと躊躇した。
誰かと組むことなんて考えてもいなかったし、ましてや一度会っただけの彼女にここまで信頼されているとも思っていなかった。
「あー、俺パーティとかは入ってなくて、今はソロなんだよね」
言葉を探しながら答えると、彼女もまた意外そうに目を丸くする。
「えっ!?あんなに強いのに?あ、ごめんなさい。でもあなたって呪いの魔道具を無力化できるくらいには強いのよね?」
「いやいや、あれはたまたまだよ。冒険者ランクだってまだFだし。それに俺は別に目標もなくて、今はただなんとなく日々を生きてるみたいな?そんなパーティに誘ってもらえるような柄じゃないよ」
過剰な期待は、いつか失望に変わる。それを恐れて、俺は精一杯の謙遜を並べた。
だが、エリナはくすりと小さく笑った。
「あなたって正直なのね。......むしろ安心したわ。実は、私もFランクなの。実戦では失敗ばかりで、役に立てるかはわからないんだけど」
そういって気まずそうに目を逸らす。
「そうなんだ。じゃあ、まあ......俺なんかでよければ?」
同じFランクという言葉に少しだけ肩の荷が下りた俺は、思わず応じていた。
俺の恐る恐る発した言葉に、エリナの顔がぱぁっと花が咲いたように明るくなった。
「それって、OKってこと!?わぁ、ありがとう......!」
頷く俺に、手を差し出してくる。
「じゃあ改めて、よろしくね、依人」
「ああ、よろしく、エリナ」
差し出された手を握りしめる。
不遇職の鑑定士と、無自覚な規格外の少女。世界を「仕分ける」二人の旅が、ここから幕を開けた。




