大事な手帳
「全員、相棒は決まったようだね。お互い親睦を深めるのは後にして、試験の詳細を話すよ」
立派な大きな魔女の帽子をかぶった校長は大きな声を出しながら手を軽く振ってみせた。
試験の内容はこうだ。
まず護衛獣はその名の通り、旅の途中で危ない目に遭わないように自分を護衛してくれる者達のことだ。
先生達の元で訓練をしているため、安心して旅をすることが出来る。
護衛獣に守ってもらいながら各地を周り見聞を広げ、困っている人を助けること。
そして、
「その手帳に助けた人達からサインをもらいなさい」
手帳?と不思議に思っているとラズリルの手元に突然1冊の手帳が現れた。
それはもちろん他の生徒1人1人にも配られた。
校長が得意げに鼻を鳴らす。どうやら魔法を使って手帳を配ったようだ。
「いいね?嘘をついて適当にサインしてもすぐバレるよ。自分の魔法、知識、そして思考を持って先々で出会う人達の力になりなさい」
困っている人達を助け、無事に困り事が解決したらその証にサインをもらう。
そしてこの手帳をサインでいっぱいにしたら帰ってくること。
これこそが1番重要であり、試験の合否に関係する事だと告げられた。
魔女の帽子を与えるにふさわしい者かどうかはサインの内容を見て判断する、との事だった。
「この手帳こそがあなた方にとって1番大切なものになります」
絶対に無くさないように!と校長は声を上げた。
「各地を周り人々の困り事を解決して、この手帳をサインで埋めること。それだけです。その他特に禁止事項はありません。簡単な事でしょう?」
校長が話し終えるとこそこそと周りから生徒達の話し声や独り言が聞こえた。
「魔女になるために何でサインが必要なんだろ…?」
「いつ帰ってこれるかな…?」
不安な気持ちも疑問もあったが、それ以上にラズリルはわくわくとした好奇心の方が強かった。
配られた手帳を両手で持ち、じっと見つめる。
私の魔法で人を助ける…!しかも旅をしながら!
まだ魔女見習いだけど心はすでに立派な魔女になった気分だった。
何も代わり映えもない、ただの手帳。
この手帳を困り事を解決してあげた人達のサインでうめればいい。簡単なことだ。
どういう理屈か分からないけど、そうすれば帽子をもらって魔女になれる!
すべてのページが真っ白な手帳を大事にしまうとラズリルは遠くに見える校長を向き直った。
「話は以上。魔女はのろのろしないよ。時間を無駄にするのは大嫌いだからね。分かったらさっさと出発しな!」
杖と手帳を持っていくのを忘れるんじゃあないよ!と校長は手を叩きながら言った。
まだ魔法を上手く使えない魔女見習いにとって、魔法のコントロールの補助をしてくれる杖は必要不可欠なものだ。
ラズリルは杖と手帳をしっかりと確認する。そして慌てて中庭の出口へ向かっていく生徒達につられ、それに急いで続く。
「クロ、こっちだよ」
相変わらずじっと見つめてくるクロを、ほんの少し不気味に思いながらもそう声をかける。
クロはゆっくりとした動きでラズリルの後ろをくっつくように歩き始めた。
卒業試験は護衛獣以外にも同行者を連れて良いとされているが、生徒同士で行動することは禁止されている。
しばらく会えないであろう友人に別れを告げると入り口で待機していた別の先生から旅の資金を受け取り、二人は出発した。
「・・・おや?」
試験内容を説明し終え、一人中庭に残った校長は他にも護衛獣が1匹ぽつんとその場に残っている事に気付いた。
校長は不思議そうにしている護衛獣に微笑みかける。犬によく似た姿のその護衛獣は校長に頭を撫でられ嬉しそうに尻尾を振った。
「おかしいねえ・・。数を間違えちまったかしら。年はとりたくないもんだ」
そしたらあんたは私の仕事を手伝ってくれるかい?と話しかけると護衛獣は嬉しそうにぴょん、とその場ではねた。
「困ってる人って言っても…話してみないと困ってるかどうか分からないしなあー」
言葉だけ聞くとやるべき事は簡単な内容だが実際どうにもやりにくい。
人気のない路地裏でラズリルはため息をついた。
学校では不思議と騒ぎにならなかったがクロがあまりにも死神に似ているため、人の目を気にして裏門から外へと出たのだ。
ラズリル自身もまだ、クロの見た目に慣れず少し緊張していた。
他の皆はもう護衛獣と仲良くやれているのだろうか…
不安と焦りを抱えつつもラズリルは首を左右に振ってクロの方を向き直った。
これからしばらくの間相棒になるというのにこのままではダメだ。
「とりあえず…顔は隠した方がいいかな?」
「それならこれを使いな」
突然話しかけられ、ラズリルはびくっとして後ろを振り返った。




