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壮大な世界の物語

壮大な世界の物語~世界の悪に全てを奪われた少年、絶望の果てに勇者となる~2

作者: おう

以前投稿した短編の続きです。


 訓練最終日を翌日に控えた常世は、ユダの訓練についての報告をするため、ギルドマスター室を訪れていた。そこはギルドマスターであるアルデバランが普段執務を行っている部屋だ。


 「──以上です。これらがユダ君の訓練の報告です」


 常世が手に持っている紙を見ながら、ユダの訓練の報告を終えた。


 「そうか」


 アルデバランは常世に一瞥もくれず、書類仕事をしながら一言だけ発した。


 「驚かないのですね。彼の驚異的な成長速度に」


 はっきり言ってユダの成長速度は逸脱していた。僅か一ヶ月の期間で、中級剣士になるのは到底できることではない。普通、中級剣士になるには数年という時間を要するのだ。


 (ギルドマスター殿の想定通りという訳か…)


 「ああ、そうだな。あいつには大罪教と戦う責務があるんだ。これぐらいやってもらわないといけない」

 「あまり期待するのはどうかと思いますが…彼に期待しすぎている俺が言えませんね」


 アルデバランのことを非難しようとした常世は、自身も同じことを思っていることに気づいて苦笑した。


 「常世が誰かに期待するなんて珍しいな」


 確かに常世が誰かに期待することは珍しかった。彼は刀剣流の頂点にいる王、大概のことを一人でできてしまうが故に、誰かに期待することはあまりなかったのだ。


 (何故彼に期待してしまうのか、それは俺自身もよく分からない。ただ一つ分かっていることがあるとすれば──)


 「度々、『勇者』の権能によるものと思われる力が漏れ出していました。やはり彼は『勇者』です。きっとこの先、多くの人を救うことになるでしょう」

 

 常世はこの一ヶ月間で得た結論を口に出した。

 どこか満足そうであったが、悲哀の様子もあった。


 「…ユダはお前を救う勇者にはなれそうにないか?」

 「この魔剣に呪われている俺を誰も救えませんよ」


 常世は帯刀している魔剣『常世』に目を下げた。その瞬間、常世は自身の結末を身にしみて思い出し、虚ろな目に変わった。そして言葉を続ける。


 「話は変わりますが、『アアルの目』の件はどうするのですか?」


 大罪教と結託してテロを起こした『アアルの目』は、テロの傷が完全に消えていないことをいいことに、殺人や略奪を繰り返して復興の邪魔をしている。故に王都の平和を取り戻すために『アアルの目』をどうにかすることは急務であった。


 「それは第三部隊に本拠地を探してもらっている。もう直ぐで見つかるはずだ」

 

 『アアルの目』による妨害はどれも中途半端であった。ギルドから見れば嫌がらせのようにしか及ばない行為で、いたずらに組織内から犠牲者を出す。そうして時間が過ぎていく。


 (いや、それがかの組織の目的なのか)

 

 限りなく真実に近い事に気づくと、アルデバランが口を挟む。


 「常世も同じ考えにたどり着いたみたいだな」

 「では見つかればすぐに討伐を?」

 

 テロの復興も落ち着いたため、隊員達を動かせるようになった。ギルドマスターの一言があれば直ぐに行動に移せるだろう。

 故に常世はアルデバランに問うた。


 「いや、少し待つ。ちょっと悪い予感がしてな。それにこれだ」


 そうアルデバランが言うと、机の引き出しからあるものを取り出し、緩慢な動作で常世に渡した。


 「これは書状…ですか。それもアアル王国からの」


 上質な素材が使われていることから、常世はそれがアアル王国から持ち込まれたことを知った。

 そして中身を見て、常世は眉をひそめた。


 「ああ、ユダとリンに関係するものだ。...今の彼らには訓練に集中させるために、何も伝えていないが」

 「…王命ですか、全く、面倒なことばかりが増えていきますね」

 「同感だ。だけどこれも必要なことなんだ。…訓練最終日もユダのことを頼んだぞ」


 話が終点に向かっている中、常世はずっと気になっていたことを聞き出そうとした。


 「ええ、勿論です。時にギルドマスター殿」

 「ん?なんだ?」

 「その傷はどうされたのですか?」


 常世の視線はアルデバランの右頬に向いていた。アルデバランは「ああ、これか」と呟きながら、誰かに殴られたかのような怪我を負っている右頬を撫でた。

 次に常世はあまり意味はないと知りながらも気遣いの言葉をかけた。


 「医務室から彼女を呼びに行きましょうか?」


 常世の言った彼女とは、マナ・イハートのことだ。マナはユダとリンを治療したように、医務室に多くの時間滞在して、傷ついた隊員の体と心を癒している。


 「ちょっと狂犬…狂女に絡まれてな。この程度自分で治せるから気にしなくていい」

 

 パチン!と、軽快な音をアルデバランは指で奏でた。そして次の瞬間、アルデバランの言葉通りに傷が一瞬にして癒えた。


 (狂女…第二部隊の隊長のことか)


 「──それで常世、ユダを...『勇者』のことを頼んだぞ」


 アルデバランが真剣な眼差しで、常世を見上げた。それに常世は反応し、短く「わかりました」と答えるのだった。そのまま執務室を出ていこうとすると、


 「これからお前はどうするんだ?」

 「王都の警備の方に戻ります。依然として破壊工作を続いているので」


 常世は分かっていた。否、アルスにフェリスもだ。ギルド本部の平和は偽りで、一度外に出れば大勢の人が死ぬ泥塗れの現実が待っていることを。

 けどそれを訓練を頑張っているユダに伝えることはできず、何食わぬ顔で誤魔化しているのだった。


 不意に常世は帯刀している魔剣に手を触れる。すると──、


 『その刃で俺を殺しても、世界の罪は潰えないぞ!!』『この忌み子がぁぁぁ!!』『お、お願い。もう私は疲れちゃった。その刀で終わりにして』


 魔剣『常世』による忌々しい声に、常世は、自分の行く末が短いことを悟るのだった。




 ── ── ──

 



 そして迎えた訓練最終日。軽く欠伸をしながら、いつも通り訓練場に向かうと、そこには常世──ではなく、別の男がいた。


 「よぉ! ユダ」


 燃え盛るような赤髪を持つ男──フェリスは特段驚く様子もなく、気さくに挨拶をした。


 「フェリス、何でここにいるんだよ!」

 

 本来いるはずのないフェリスに、ユダがそう疑問をぶつけた。


 「えっとそれはな...」

 

 フェリスが口ごもる。何かを隠すかのように。それを追求しようかと迷った最中、また別の声が聞こえてきた。


 「──それは君たち二人に戦ってもらうためだ」

 

  ユダの疑問は、いつもより遅れてやってきた常世によって答えられた。常世の装いはいつもと変わらないもので、ユダの来ている隊服よりも少し装飾が凝っている服だ。

 

 上の立場を示すためにもっと華美にするべきかもしれないが、そこまですると実用性が著しく下がるために今が丁度いい塩梅なのである。


 「戦う…?」

 

 点と点が一切結ばらず、ユダは僅かに首を傾げた。対してフェリスは大まかなことがわかっているのかユダとは違う色の反応を見せた。


 「ちょっ!! 常世体長あれのこと言わないでくださいよ!!」

 

 隠そうとしていた事実が暴露されそうになって、フェリスは焦ったの焦ったのか、彼は必死に手を振り回していた。

 

 しかし常世にはピンときていないようで──、

 

 「どれのことだ? 君とアルスが女子隊員の大浴場を覗きに行ったことか? それとも君が女子隊員の下着を盗んだことか? 君はバレていないつもりかもしれないが、俺達隊長や副隊長は知っているぞ」

 

 常世は淡々とフェリスの愚行を羅列していった。あまりの内容にユダは顔を引き攣らせる。

 

 「うぎゃぁぁぁ!! 俺の華やかな出世街道がぁぁ!!」

 

 常世の言葉にフェリスは地に伏せて、儚く散っていった己の夢を残念がっていた。

 

 (もともとフェリスに出世街道はないだろ...)

 

 彼の馬鹿さ加減を知っているユダは、今のフェリスを横目にしながら心の中で毒を吐いた。

 

 「...まぁ切り替えも大切だな!!」

 

  フェリスの切り替えは早く。素早く地に伏すことをやめた。

 

 「俺様が夜な夜な食堂の食材を盗み食いしてたのがバレてな。その罰金をお前との戦いに勝ったのなら、常世隊長が代わりに出してくれって言ってくれてな」


 「盗み食いなんてことやっていたのかよ…」

 

 フェリスが馬鹿なことは既に分かっていたが、まさかここまでとはと、ユダは心の底から呆れる。

 

 対してフェリスは二カッといい笑顔を決めてくる。

 

 「そこが俺との差だぜユダ!! お前も俺みたいに沢山食べたら身長がもう少しは伸びているだろうな」

 

 「はいはいそうかよ。そいつはおめでとう」

 

 身長でマウントを取ってきた彼をユダは軽く受け流した。 

 

 「はっ! 負け惜しみだな!!」

 

 大きく鼻を鳴らすフェリス。大いに彼は威張っているが、彼は盗み食いでユダと戦うことになっているのだ。

 

 ユダはフェリスの心情を一切理解することできず、嘆息するとユダは一つのことがひかかった。

 

 (ん? 待てよ...)

 

 「そういや...何で罰金払えないんだ? ギルドの給料って俺達の年代に相応しくないぐらいに多いし、それに今は月初めだよな。そんなにお金を使うことがあるか?」

 

 ギルドの給金は王都全体を見ても非常に高い。ユダの額面を見たときには腰を抜かしそうになったほどだ。

 

 それどころかウェストン領にいる両親の給料を上回ってしまったのかと、心配になってしまった。

 

 フェリスが貯金をしていることは期待できないが、簡単に給料を使い果たすことはないだろう。

 

 「ちょっくら騙されてしまってな、俺の財布はすっからかんだぜユダ!!」

 

 ユダの問いにフェリスは意気揚々と答えた。

 

 「まじか。一体何に騙されたんだ?」

 「あー、ちょっくら女関係で」

 

 少々はぐらかしながらも、フェリスはある程度答えてくれた。深くも追求する気も起きずに、ユダはただポカンと口を開き続けた。

 

 「そっか、うんまぁしょうがないな」

 

 ユダはフェリスの肩に手をポンポンとし、憐れみの目を向けた。フェリスの肩が徐々に震えていくのを手の肌で感じた。

 

 「うるせぇ!! お前もアルスと同じ反応をするな」

 

 「ぶへぇ!!」

 

 右頬に強烈な衝撃。ユダは大きくのけぞった。不意に攻撃の後を左手で追ってみると、赤い血液が付着していた。

 

 (おい! あいつ魔力の強化してんぞ!!)

 

 瞬時の判断でフェリスの拳の位置を予測し、魔力で防御したのが功を奏した。お陰で多少の傷で済むことができた。

 

 流石のおいたのしすぎに常世は口を挟む。

 

 「フェリス君。流石にやり過ぎだ」  

 

 長身の男はユダとフェリスの間に割って入った。ユダの目には綺麗な黒長髪が揺れる様が見えた。


 「これ以上の雑談は無用だ。それ以上をするならこれからの戦いだ」


 「...っ、そうだなユダ。さっさとやろうぜ!!」

 

 「まさか訓練最終日に盗み食い野郎と戦うことになるとは…」

 

 せっかくの最終日、こんな盗み食い野郎よりも常世と戦いたいと思うユダ。それに反して盗み食い野郎──フェリスは随分とやる気を見せている。


 「──フェリス君だけ褒美があるのは不平等だな。ユダ君も褒美が欲しいか?」


 ユダの表情から察したのか、常世がユダに質問すると、「ええ」と返事をした。常世は一瞬考える素振りをして──、


 「ならユダ君、君が勝ったのならその貸し出している剣をあげよう」

 

 ユダのやる気を駆り出すためか、常世は褒美をそう提示する。今ユダが使っている剣は、常世から借りているものだ。約一ヶ月、この剣を使っていたために愛着も湧いていた。


 「いいんですか?」


 ユダが目を輝かせた。その目は新しい玩具を買うことを約束してもらった子供のようであった。


 (流石、常世隊長!!)

 

 物に釣られてユダは賛辞を述べた。


 「ああ、ユダ君には何も無いというのは不公平だろう」


 常世の示した褒美によって、ユダのやる気に拍車がかかると──、


 「全力でこい、フェリス。叩き潰してやる!」

 

 虚勢を張って語気を強めると、おそらくこの訓練を行っていた一ヶ月で。一番のやる気をユダは見せるのだった。




 ── ── ──




 剣光と剣光が激しくぶつかり、鋭い音が訓練場に響く。──カンカン!!と、戦場に立ったことがあるものなら聞きなれた音だが、そう言った経験をしたことがないユダには、どこか不快感を覚える音だ。


 「オラオラ!!そんなもんかユダ!」


 縦横無尽に剣を振り続けるフェリスに対し、ユダは防戦を強いられる。ユダは剣を横に縦にと動かして、何とか対応していく。


 しかし完全には防げずに徐々に血液が、緊迫感や焦燥感から汗が体に流れるようになっていく。


 「──ッ!」


 一撃一撃が重い。

 一撃を受ける度に、衝撃が全身に回る。


 (流石は列剣流の剣士!!)


 剣術には三つの流派がある。『列剣流』、『刀剣流』、『俊剣流』。


 『列剣流』は力強い剣技を

 『刀剣流』は受け流しなどの剣技を

 『俊剣流』は素早い剣技を得意にしている。


 ユダが『刀剣流』、フェリスが『列剣流』の剣士だ。また友人の一人のアルスは『俊剣流』の剣士である。

 

  

「おらおら!」


 勝負はフェリスが優勢に進んでいる。フェリスの長年の経験による力が、ユダを防戦一方にさせて傷を増やすのだ。


 「これが女がいるユダへの恨みだ!」


 汗をにじませるユダとは対照的に、フェリスは焦りの汗すらかかず、軽快にそして軽妙に剣筋をユダにぶつける。


 僅かに生まれた隙。それをフェリスは見逃さず、ユダの横腹に向かって強烈な一撃が叩き込めれる。


 「ぐっ!!」


 ユダは後ろに大きく押し込まれた。


 「はっ!! 良かったのは威勢だけか!?」


 このまま進めばユダの敗北で勝負が決着することは明白な状況、それを覆す手段はユダには一応ある。しかし「それ」に失敗したら確実に負ける。


 (使うか!? 能力を!)


 『能力』。


 それは魂ではなく肉体に宿っている術。天使族や魔族は持ち得ない、人族の一部の人間だけが持つものだ。魔力消費により発動できるそれは、個人によってその詳細は異なる。


 「っ!」


 (出し惜しみをして勝てる訳が無い!! どこかで賭けに出てないと!! そしてそれが今なんだ!! だから...ここで使う!!)


 刹那の思考の末、ユダは能力の使用を決めた。

 はっきり言ってここからは未知数である。ユダはこの訓練間、能力に関するものは一切行っていなかった。


 大きく理由は二つ。

 一つ目は常世が能力を持っていないこと。彼は自分ができないことは教えないというのが信念なので、例え戦闘経験があろうとも能力を使った戦闘法を教えてくれなかった。仮にユダが必死に頼み込んだのなら、助言ぐらいはくれたやもしれぬが。


 二つ目にして一番重大な理由が、魔力消費が大きいこと。この世界の戦闘において魔力の枯渇は死を意味する。魔力による身体強化を行えなければ、ただの一般人と遜色なく、身体強化ありと無しでは天と地の差があるのである。故に大量の魔力を消費することになる能力は戦闘に向かない。

 しかし今回圧倒的に実力で負けているフェリスに勝つには、どこかで大きく上回る必要があるのだ。だからユダはここで能力を使う。


 体に宿っているだけあって能力の使用自体は比較的簡単だ。いつもやっている魔力を強化したい部位に集中させる要領。

 準備完了すると、ユダは震える喉をかっと飛ばしてその名前を叫ぶ。


 「転移!!」


 『転移』、ユダの有する能力だ。その名の通り『転移する』だけの能力。ユダはその能力の裏にある厳しい条件などは知らないが、今この場では戦況を大きくひっくり返すことになる。

 縦横無尽に剣を振るフェリス、その後方にユダは転移して技を繰り出す。


 (あの一撃をもう一度!!)


 思い出すのは常世が褒めてくれた。青い一撃だ。

 

 「──いけぇぇ!!!」


 『勇者』の力が宿った一撃がフェリスを襲った。




 ── ── ──

 



 「──ぁ」

 

 フェリスには何が起きたのかを抽象的だが理解した。こう言った理由がわからない状況、それを生み出すのは『能力』であることを長年の経験から推察できた。本来のフェリスなら『能力』の使用は見逃さない。                

 しかしユダを格下とみなして力を抜いていたために、能力を使われ勝負に負けかけている。

 自身の慢心が産んだ状況とはいえ、認めざるを得なかった。目の前の男──ユダを好敵手として認めることを。


 「ユダァァァァ!!」

 

 自身に敗北という事実を与えた男の名前を、一剣士として尊敬に値する剣士の名を叫ぶフェリス。その姿をしっかりと目に焼き付けて、ユダは斬りつける。


 「ぐはぁ!」

 

 木剣と言えど威力は高く、腹部を斬りつけられたフェリスは悲鳴をあげて地面に倒れる。それを見たユダは──、

 

 「…ハァハァ、俺の勝ちだ。フェリス」

 

 息を荒くしながらユダは、地に伏し倒れたフェリスに自身の勝利を告げる。


 「悔しいが俺様の負けだ!」

 

 立ち上がったフェリスはユダに握手を求めて手を差し出す。それにユダは瞬時に応え、その手を深く握った。


 「勝者はユダ君だ。おめでとう」

 「ありがとうございます!! 常世隊長!!」

 「ああ。これで名実ともにその剣は君のものだ。大切に扱ってくれ」

 

 常世はユダの持つ剣へ目線を向けた。これは自分のものだと、急激に実感が湧いて自然と口角が上がる。

 

 「俺のものか...」

  

 「次は俺が勝つからな!」

 「上等だ。今度も勝ってやる!」


 常世がその約束の見届け人となりながら、ユダとフェリスは再戦を約束した熱い握手を交わした。

 ──こうして訓練最終日、盗み食いのフェリスとの戦いはユダの勝利で幕を下ろした。




 ── ── ──




 「それじゃぁみんな!ユダの『第一部隊』の正式入隊を祝して!乾杯〜!!」

 「「乾杯!!」」


 フェリスとの戦いを終えた後、ギルド本部の一室でユダの正式入隊を祝う宴会が行われていた。溢れんばかりの歓喜が場を温め優しく包み込む。ユダはまだ十六歳で酒を飲むことはできないが、この場を十分に楽しむことができた。


  『ユダの第一部隊への正式入隊を祝う』という名目で行われているが、実際のところユダに挨拶をしてくる人たちは少ない。


 (俺から話かけるべきなのか?)


 そうやってうじうじしていると、見慣れた顔の人物が現れた。

  一ヶ月間何度も見たその男は、第一部隊隊長の常世だ。


 「ユダ君、この一ヶ月よく堪えたな」


 背後からかけられた低く落ち着いた声に、ユダは跳ねるように振り返った。  

 そこにいたのは、 『第一部隊隊長』常世。一ヶ月間、死の淵を何度も見せてくれた教育者?の労いに、ユダは気恥ずかしさを隠せず、手元のグラスを強く握りしめた。


 「……正直、常世隊長にだけは見放されると思っていました」

 「俺も見る目がないらしい」


 常世は自嘲気味に微笑み、ユダのオレンジジュースが入ったグラスに、自身の琥珀色の酒杯を軽く当てた。 だが、その直後、常世の瞳が怜悧な光を宿す。


 「……だが、君には悪い癖がある。謙遜を通り越した自己卑下だ。戦場において己を低く見積もる者は、まず最初に判断を誤り、真っ先に死ぬ」


 宴会の喧騒が、一瞬で遠のくほどの圧。ユダの背筋を冷たい汗が伝う。


「肝に銘じておきます。ですが……この染み付いた意識を剥がすには、もう少し時間がかかりそうです」


 ユダが苦笑いを浮かべた、その時だった。


 「おー! フェリス──って、うわっ! お前、酒臭いぞ!」


 ドロドロに溶けた顔で肩を組んできたフェリスに、ユダは戦慄した。彼はまだ16歳の、アアル王国では禁じられているはずの年齢だ。


 「常世隊長、いいんですかこれ!? 騎士団が法を破るなんて……」

 「他国の文化には寛容であるべき、というのがギルドの不文律だ。……もっとも、フェリス君の『精神年齢』に関しては、法ですら想定外だろうがな」


 常世はそう言って、逃げるようにユダから距離を置いた。


 「ちょっと! 逃げないでくださいよ! ……って、アルスまで!?」


 理知的な瞳の奥で目が泳いでいるアルスが、千鳥足で迫ってくる。


 「おいお兄様……お前ぇ、メイド酷使するなよ……」

 「何の話だよ! 常世隊長! 助けてください!」


 ユダは必死に救援を求めたが、常世は優雅に会釈して雑踏の中へと消えていった。  両側から迫る酔っ払いの壁。逃げ場のない包囲網。


 「う、うぎゃあぁぁぁぁ!!」


 ユダの悲鳴は、楽しげな祝杯の音にかき消されていった




 ── ── ──




 「──ふぅ」


 宴会の喧騒から離れるために建物の外に出たユダ。夜風にあたりながらたどり着いた、ギルド本部内の庭園。そこに丁度よくあったベンチに座り、深く息をついた。

 なんとなく空を見上げると、赤橙色に輝く赤色巨星が後を追っていた。


 (静かでいいな)


 宴は楽しい。けどあの喧騒に溺れて、ただ快楽を享受するのは、頭の片隅にずっとある『思い』が許してはくれそうになかった。

 十分ほどか、庭園に咲く花たちを(暗いせいであまり種類はわからないが)を見ていたユダは、不意に『思い』から王都の街に出たくなった。


 この訓練期間、テロの後の街並みを見ることができていなかったのは、常世にしごかれ続けていたからだ。


 ユダがベンチから腰を上げると──、


 期を待っていたように、視界の隅で炎が燃え上がった。そして目の前に人が現れる。ユダの心臓が大きく跳ねた。


 「あ、ギルドマスター!?」

 「よぉユダ!!」


 驚きの登場をしてきたアルデバランは、気さくにユダに挨拶をするとベンチに腰をおろした。ユダも再びベンチに座った。


 「宴会から逃げ出してここで何してんだ? 常世が少しだけ心配していたぜ」

 「それは申し訳無いです…ちょっと考え事をしてました……」

 

 ユダの答えにアルデバランは顔をしかめた。


 「考え事だって? 酒を飲んで、美味い飯食って楽しむ宴会に相応しくねぇな。どうせお前のことだから難しいこと考えているんだろ。今日ぐらい忘れな」

 「忘れられたらいいんですけどね。ちょっと難しいです…」


 ユダは影を落とした。


 「そうか。なら俺がお前の話を聞いてやるよ! お前より長く生きているんだ。助けになるはずだ」


 大丈夫です!!と、遠慮の声が反射的に出そうになったが、ユダはその言葉を飲み込んだ。


 (せっかくだ。ギルドマスターに聞いてもらうか)


 「ずっと思うんです。俺がこうしている内にギルドの外ではテロの影響で人が死んでいるって。それなのに俺は、今日みたいに宴会で美味しいご飯を食べ、友達と喋って楽しんでいいのかって」


 「少し、俺の昔話をしようか。……かつて俺も、お前みたいに『自分が生き残っていいのか』って、激しく後悔した夜があった」

 

 過去を追憶するアルデバランが、静かに息を吐く。その横顔には、未だ消えぬ悔恨の色が滲んでいた。

 

 「だが、言われたんだ。最愛の人にな」

 

 アルデバランは夜空を見上げ、痛みを噛み締めるように言葉を紡ぐ。


 「『──が喰い殺されたのも、──が罪人に堕ちて自死を選んだのも、アルは何も悪くない。私達はあんたの描く夢に賭けたんだ。だから……笑いながら前へ進んで』」

 

 声色が、微かに震える。


 「『そうでもしないと、これから死んでいく私達が報われないよ』……ってな」

 

 重い沈黙が落ちる。  だが次の瞬間、アルデバランはバッとユダに向き直った。


 「お前がそうやって傷つくのは当然の話だ。その痛みは忘れなくていい。だが、その痛みに殺されるな。その傷を抱えたまま、笑ってみせろ。それが『生き残った者の義務』ってやつだ。そうやって笑えたなら、今度はその痛みを繰り返さないようにやれることをやれ」


 「できることですか。俺には何ができるんですかね?」

 「バーカ。そんなの俺には分かんねぇ。自分で考えろ」


 アルデバランはデコピンをした。

 ぶっきらぼうに言い放ったアルデバランであったが、その瞳は夜の闇よりも深く、どこか寂しげだった


 「それにお前の友人。アルスにフェリスも俺の言ったことをどっかで分かっているはずだから、お前の前では任務での苦難とか忘れて笑っているんだ。話は終わりだ!! 主役のお前がいないと宴会の意味がなくなるだろ、さっさと戻れ!!」


 アルデバランはそう言うと、ユダの返事も待たずに立ち上がり、一度も振り返らずに建物の方へと歩き出した。その背中は、どんな壁よりも大きく、そしてどこか孤独に見えた。


 一人残されたユダは、ヒリヒリする額をさすりながら、遠くから聞こえる仲間たちの騒がしい笑い声に耳を澄ませた。


(……そうか。みんなも、痛いまま笑ってるんだな)  


 少しだけ軽くなった足取りで、ユダは光の漏れる宴会場へと一歩を踏み出した。




 ── ── ──




 闇に溶けたアルデバランの脳裏に、古の問いが響いた。


 『だが、その痛みに殺されるな。その傷を抱えたまま、笑ってみせろ……か。アルの坊』


 黄金の火の粉が、誰もいない虚空で爆ぜる。


 『──お前自身は、ちゃんと笑えているのか?』


 魂の同居人の言葉にアルデバランは静かに答えた。


 「道化の仮面を被って、笑っているだけだよ」


 空を見上げた。後追い星は依然として、六連星に追いつけていなかった。


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