第8話 一年生前期試験
「よし、じゃあ、これからは試験勉強に全力を注ごうか」
禁書庫から戻った僕たちは、それぞれ必要な参考書を探してきて、図書館の自習室に籠った。3時間以上は再申請が必要だが、それでもここの自習室は勉強に集中できる気がした。
「どうしてうちの寮は騒がしいんだろうね?寮の自習室で勉強しようとしたら、いつも何か騒ぎが起きる気がするんだ」
図書館からの帰り道、コーディーがぽつりと呟いた。マーティンが勉強で凝り固まった肩を、ぐっと伸ばしながら答えた。
「たぶん、先輩たちが騒がしいんだ。寮長のアルベール先輩は、一時間以上勉強すると暴れるって噂を聞いた。4年生の副寮長は大人しい性格で、成績もいいらしいけどな」
「なるほど。寮の雰囲気は寮長に左右されるってことか……」
「そういえば、クリスを追いかけ回していたイーストマン先輩、白のユニコーン寮の副寮長だよな。あそこの寮生が言っていたけど、婚約者と仲睦まじいらしいぞ」
「それならなによりだ」
クリスが嫌そうに溜息をついた。入学式以来、何度かイーストマン先輩と遭遇することがあったが、その度に『好きだ、美しい、愛しているぞ』と叫ばれている。
きっとイーストマン先輩の行動は、女生徒が子犬や子猫を見て『可愛い、大好き』と叫ぶのと大差ないのだろう。
婚約者の女生徒も、そんなイーストマン先輩のことをちゃんと理解しているようで、微笑ましそうに眺めているらしい。クリスからすれば、迷惑な話なのだろうけれど。
「時間だ。試験終了」
教科担当の試験官の声に、僕たちはペンを机の上に置いた。
一年生の前期試験に実技は無いので、専門教科と一般教科、属性別専攻教科の試験だけだった。実技が得意なクリスは一般教科で少し苦戦していたが、4人で教え合って何とか二日間の試験を受け終わった。
2年生以上の先輩は明日も実技試験があるので、寮の中はピリピリしたままだ。暇になった1年生は、実技試験の練習をする先輩たちを、邪魔にならないように見学している。
後期からは、1年生も実技実習が開始される。後期試験は実技試験もあるので、先輩を見学して参考にするそうだ。
「アルベール先輩の火炎魔法は、群を抜いて凄まじいな……。対戦実習では絶対に当たりたくない相手だ」
アルベール先輩が火炎魔法で標的を吹き飛ばすのを見て、マーティンが首を振った。マーティンは風属性なので、火属性のアルベール先輩とでは相性が悪い。4年生になれば、実戦形式の授業もあるが、明らかに不利な組み合わせの対戦はしないそうだ。
実際に魔法騎士団などが、魔石採取のために天界樹の守護から外れている地域に魔物を狩りに行く場合でも、違う属性同士がチームとなり、お互いを補い合う方法で討伐するそうだ。
クリスの様に闇属性以外の全属性を持っていれば、一人で戦うことも可能かとは思うが、魔力には限りがある。いくら優秀でも、実戦で単独行動するのは、愚かな行為だと最初の授業で教えられた。
「僕は、実戦演習は救護班になるからね。アルベール先輩とは絶対に当たらないから安心だよ」
コーディーは光魔法なので、実戦演習は救護班に入って、負傷した生徒を癒すことになる。火炎や氷魔法が飛び交う中を救護するので、結界魔法も併用しながら癒さなければならない。それはそれで大変そうだと思う。
「あ、見ろ、噂のイーストマン先輩だ。雷魔法を剣に付与して使っているから、風と水の二属性持ちか。魔法剣の腕は学年一だって言われているらしい」
いつもニコニコしながらクリスを追いかけているイーストマン先輩が、今はその片鱗を見せずに雷を付与した剣を振るっていた。雷は対象物を粉々に砕き、辺りは凄い爆風が起こっていた。
「へぇ、凄いじゃないか」
クリスが感心したように思わず呟いた。その瞬間、その呟きが聞こえたように、イーストマン先輩がパッとこちらを見た。クリスはさっと僕の背中に隠れて、イーストマン先輩の視界から消えた。
「凄いな。結構ここまで距離があるのに、クリスの気配を感じたのかな?」
コーディーがのんびりと、僕の後ろに隠れるクリスを見て微笑んだ。
「まさか、偶然だろ?」
僕の言葉に、クリスが嫌そうに僕の背中の後ろで身じろぎした。
「マーティン?どうしたの?」
少し頬を染めたマーティンに、コーディーが首を傾げた。
「いや、何度も一緒に入浴して、クリスの裸も見ているんだが、こういう場面を見ると、まだ女なんじゃないかと思うことがあるんだよな……。いや、本当残念だよ」
「何が残念なんだ。僕は男だ。成長期もきているし、声変りも始まったんだ」
「うん、知っている。とても残念だ」
「……」
入学当時、綺麗なボーイソプラノだったクリスの声は、今は声変りが始まったのか少し掠れていた。身長も少し伸び、まだ中性的ではあるが幾分か男らしくなった気もする。
「成績が発表されたら、後期になるまで長期休暇に入るだろ?皆は領地に戻るのか?」
「僕は父上と一緒に領地に行くよ。父上は仕事があるから長くは戻れないけど、母上が領地で待っているから」
コーディーが嬉しそうに微笑んだ。末っ子のコーディーを母親が溺愛しているのは有名な話だ。きっと帰れば、夫人がコーディーの大好きなケーキを山ほど用意して食べさせるのだろう。
入学時癒し系ぽっちゃり体形だったコーディーも、寮で規則正しい食事を取って、意図せずダイエットになっていたのか、以前に比べれば少しだけ痩せていた。
「あまり食べ過ぎるなよ。体重が増えすぎると後期の実践実習で動けないぞ」
マーティンが領地でケーキを食べ過ぎないよう、コーディーに注意していた。
「わかっているよ。母上は際限なくケーキを食べさせようとするからね。気をつける。マーティンも領地に戻るんだよね。領地が近いから、休暇中に遊びに行くよ。キースもクリスも予定を合わせない?」
「ああ、そうしようか。クリスは領地に帰らずに寮にずっといるんだろ?一緒にマーティンの屋敷に行こう。僕は当分王都のタウンハウスにいるからさ。マーティンの屋敷は北の辺境に近いから、夏は涼しいし自然が多いから楽しめるよ。マーティンはそれでいい?」
「ああ、いつでもいいぞ。待っている」
僕が少し強引に誘ったら、クリスは渋々頷いた。施設から学園に来たクリスは、6歳から一度も領地にある屋敷はおろか、タウンハウスにも帰っていないそうだ。継母は領地で療養している父親を看ているらしいが、親子関係は既に冷え切っているそうだ。
「よし、じゃあ、予定を決めて計画を練ろうか。楽しみだな」
成績発表を確認して、僕たちはそれぞれに帰路についた。長い夏季休暇が始まった。
「ただいま。リア、体調はどう?」




