第5話 魔法学園の生活
次の日から、本格的に授業が始まった。クリスと僕は同じクラスで、マーティンとコーディーが隣のクラスになった。1年生のクラスは全部で5クラス。平民も貴族も同じように学ぶが、クラスは別々になっている。2クラスが貴族の子息令嬢、3クラスが平民のクラスだ。
「学園では平等と言っているけど、クラス分けも違うなら、何が平等なんだろうな?」
貼り出されたクラス分け表を眺めながら、マーティンが僕たちを見た。
「たぶんだけど、授業内容は一緒だと思うよ。進むべき道は違うかもしれないけど、ここを卒業した平民は、王宮文官や王宮武官にもなれるからね。貴族と違って、平民がここに入るのは、かなり狭き門だって聞いたよ」
父曰く、数少ない貴族子息たちに2クラス、圧倒的に多い平民に対して3クラス。貴族はほぼ落ちることなく入学できるが、平民は凄い倍率を勝ち抜いているのだと。だから気を抜いていては、平民の子供たちに負けてしまう。それだけ彼らは優秀なのだと……
「そうか、そうだな。父上が、最近は王宮でも、平民の文官や武官が出世していると言っていた。俺たちも地位に胡坐をかいていてはいけないということだ」
マーティンの父であるユーイング伯爵は、王宮で上級文官として勤めている。国王陛下は、優秀な者は平民、貴族の爵位に関係なく重用すると公言している。
残念ながら、貴族だからというだけで威張る者も多いが、僕たちが務める頃には、平民貴族関係なく実力で重要な地位に就く時代がやって来るかもしれない。
「じゃあ、頑張って励もうか」
教室に入ると、30人ほどの生徒がそれぞれ知り合いと歓談したり、机で魔法書を読んだりしていた。席順は予め指定されているようだ。
暫くすると、担当教官が入室してきたので、生徒は静かに席に着いた。
「初めまして。このクラスを担当するレオン・モリスです。学年主任もしています。よろしくお願いいたします」
30歳後半くらいの、人の良さそうな男性だ。確かモリスと言えば子爵家だ。次男は優秀な魔法使いだと聞いたことがあるので、この先生がそうなのかもしれない。
「クラス代表を決めなくてはならないのだけど、いきなり生徒から推薦するのは無理そうだから、立候補する者がいなければ、前期はこちらで指名させてもらいます。半年間、クラスの連絡係や会合に出席してもらいます」
つまりクラスの雑用係、そんな感じだろうか?立候補する者は残念ながらいなかった。
「いない、ですね。では、クラス代表は、キース・アドキンズさんにして頂きます。よろしくお願いいたします」
「え、僕ですか……」
「はい、是非引き受けてください」
このクラスで公爵位の者はいなかった。次の位は侯爵、このクラスには数名いるはずだが、父親が白の魔法使いなので、筆頭侯爵のような扱いを受けることが多い。まさかこんなところで忖度されるなんて……
「……はい、お引き受けします」
「キース、浮かない顔をしているね」
夕食を、食堂で取っていると、マーティンが僕の顔を見て不思議そうに聞いた。
「ああ、ちょっと思うところがあってさ」
「何かあったの?」
「クラス代表に指名されたんだ」
「ああ、それね。僕もクラス代表に指名されたよ。断る理由がなくて、承諾したよ。キースが一緒なら、会合も心強いね」
コーディーがデザートに手を伸ばしながら微笑んだ。コーディーも侯爵家の三男だ。
「それってさ、爵位に対する忖度だって思ってしまったんだ。実力で選ばれたい、そう思うのは欲張りかな……」
「う~ん、多分それは違うよ。僕のクラスには、僕より上位の侯爵の令息がいたよ」
「ああ、いたな。かなり我儘な令息だって有名な奴がさ。自分で立候補しなかったくせに、コーディーが先生に指名された時に、先生に食って掛かっていた。あとで先生に怒られていたけどな」
「じゃあ、選んだ基準は?」
「う~ん、多分面倒見の良さとかじゃないか?責任感の無い奴を選んだら、クラスが崩壊するだろ。そんなに気になるなら、担当教官に聞けばいいだろ?」
マーティンが至極当然のことを言ったので、僕たちは納得するしかなかった。取り敢えず承諾したからには、責任を持って半年間はクラス代表を務める所存だ。
クリスは、皆の話を聞きながら黙々と食事をしていた。施設では黙って食べるように指導されていて、和気あいあいと話しながら食事をすることに慣れていないそうだ。いずれは慣れて会話に加われるようになったらいいなと、秘かに願っている。
クリスの話を聞いた次の日に、父さんにはクリスの同意を得てから、伝書蝶(蝶の形をした手紙。ひらひらと指定した相手に飛んで行って手紙を届ける)で、クリスが入っていた施設の詳細を伝えておいた。今後入所せざるおえない子供たちが、クリスと同じような境遇になってしまうのを避けるためだ。
今も魔力暴走を起こす妹のリアと、入所する子供たちが重なって見えてしまえば、とても他人事には思えなかった。偽善者だと言われようと、そこは譲れない。
数週間後、魔法庁の管轄する施設の施設長と職員数名が、児童虐待の容疑で逮捕されたという内容の記事を、マーティンがこっそり見せてくれた。迅速に父さんが動いてくれたようで、今後同様の被害者が出ないことに、取り敢えずホッとした。
「良かったなと言っていいのか分からないけど、取り敢えず良かったな、クリス」
夕食の時に、こっそり記事を見せてマーティンがクリスの肩を叩いた。スープを飲んでいたクリスは少し咽たが、皆を見て微笑んだ。最近は笑顔を見せてくれるようになったので、秘かに喜んでいる。
「良かったと思うよ。無力な子供が沢山いたからね。でも、これからも定期的に視察に行って欲しい。悪い人間は、処分してもすぐに次が湧いて出てくる……」
「わかった……、父さんに頼んでおくよ」
「ああ、そうしてくれると安心だ」
クリスはそう言って、パンを掴んで口に運んだ。
「……クリス、気づいている?食事しながら会話しているよ。すごい進歩だ」
「べ……別に、慣れただけだよ。すごくない」
僕の言葉に、クリスが頬を染めたまま次のパンを口に運んだ。僕たちが入学して、すでに2か月が経っていた。初めは友達付き合いもぎこちなかったクリスも、同じ班のメンバーとはかなり気さくに話せるようになってきた。
「あ、そうだ、再来週からテストだろ?試験勉強の資料を図書館に借りに行きたいんだけど、みんなで行かないか?」
「そういえば、まだ一回も図書館に行ってないね」
「じゃあ申請を出して皆で行こう。迷子にならないように、気合を入れて……」
新学期が始まって、既に2人が迷子になったらしい。申請は迷子になった者の特定のための措置だそうだ。




