第4話 連帯責任と班行動
風属性の魔法を使うマーティンが、悔しそうに浮いているコーディーを見ながら小さな声で僕に囁いた。浮いているコーディーは、緊張した様子でじっとしたままだ。
「闇属性以外の全て、か。そりゃ凄いな」
属性は一人一属性が基本だ。派生する魔法、例えば水属性の派生で氷魔法などが使えるが、それも魔力次第だ。水属性に風属性が加われば、雷魔法を使うことも可能だ。魔法学園の生徒なら2属性を持っている者もいるだろう。それですら希少なのだ。つまり、クリスティアン・エイベルが規格外なのだ。
僕たちは学園の食堂を見学した後、寮の食堂、浴場を見学した。浴場は個室と大勢で入れる広い浴室があり、個室を使用したい日を申請しておけば、僕たちでも使えるそうだ。
その日の夕食は、赤のフェニックス寮生たちが一堂に会して、新入寮生の歓迎会が開かれた。ちなみに女生徒はこの寮にはいない。女子寮は校舎を挟んで丁度反対側にある。
多感な思春期真っただ中の男女を、一つ屋根の下に置くなんて愚行は、流石に学園も犯さないのである。
「では、改めて、ようこそ、赤のフェニックス寮へ」
寮長のアルベール先輩の挨拶に続いて、寮での最低限のルールを副寮長のアップルトン先輩が説明した。
「人の迷惑になることはしない。助けを求められたら、出来る範囲で助ける。それはいいとして、今日班になった4名が、寮での行動単位って……」
入浴時間も、班で大まかに時間が決められている。確かに皆が一気に浴室に押し寄せては困るから、そこに異存はない。
「それで、班で連帯責任、って、お互いを監視しろってことだよね?ちょっと嫌かも」
マーティンが小さな声で呟いた。4人の内3人は幼い頃からの知り合いで、気心も知れているが、クリスティアン・エイベルだけは未知数だ。
何と言っても、入学式で既に上級生を転移魔法で飛ばしている。どちらかと言えば、クリスティアンが被害者な気もするが、何となく今後もトラブルに巻き込まれそうな予感がするのだ。
「取り敢えず、この4人で行動することが多いんだ。改めて自己紹介しようか。まずは僕から。キース・アドキンズだ。父は白の魔法使いをしている。父と同じ闇属性で爵位は侯爵、一応嫡男。将来は近衛騎士団に入りたい。3歳の可愛い妹がいる」
「俺は、マーティン・ユーイング。伯爵家の長男で3歳下に弟が一人いる。得意なのは風魔法で、趣味は情報収集。将来は、魔法研究所か、どこかのギルドで情報屋なんてのもいいな」
「コーディー・ロジャーズです。侯爵家の三男で姉もいるので、4人兄弟の末っ子です。光属性で、得意なのは癒しと結界魔法。将来は王宮の医局で働きたいと思っているよ。部活動は、魔法薬研究部に入る予定」
「……クリスティアン・エイベル。伯爵家で兄弟はいない。闇属性は持ってない。光属性は不得意だ。部活は、呪術研究部に一応入る予定」
「え?呪術研究部?」
「そんな部活あったかな?」
「……部活が嫌だといったら、アップルトン先輩が教えてくれた。呪術研究部なら1年に1回参加したら、所属していることになるって聞いた。幽霊部員でいいらしい。ほとんど活動していないそうだ」
「ああ、なるほど。確かにそれなら有りだね。ちなみに僕は、新聞部一択だね」
マーティンが入部用紙を見せた。既に新聞部入部希望と記入してあった。
「僕は騎士部に入る。多くの先輩が騎士部から近衛騎士隊に入っているし、推薦も受けやすいって聞いたから」
近衛騎士隊は、魔法学園の生徒の希望する職業では上位だ。つまり、ライバルも多いのだ。騎士部は、ほぼ毎日鍛えていると聞いて入部を迷ったが、ここで何としても推薦を勝ち取りたい気持ちが勝った。
「これから関わることも多い。僕のことはキースと呼んで。皆も呼び捨てでいいかな?マーティン、コーディー、クリスティアンはクリスって呼んでもいいかな?」
「クリス……、別にいいよ、それで」
愛称呼びに少し驚いてから、照れたように頬を染めたクリスは、男の僕が見てもドキリとするほど可愛かった。マーティンも隣でごくりと喉を鳴らした。
「やばい、クリス、お前、先輩方に気をつけろよ。寮は男子しかいないから、変な気を起こす輩がいないとは限らないからな」
「いつも飛ばしているから、大丈夫だ」
「ま、待て、飛ばすって転移魔法?それやっちゃうと、僕たち連帯責任だから……。っていうか、いつも?」
クリスから、いつもという言葉が出て、僕たちはギョッとしてクリスを見た。クリスは気まずそうに僕たちから目線を逸らした。
暫く沈黙が続き、その沈黙に耐えられなくなったクリスが、俯いたまま事情を説明しだした。
「魔力暴走のせいで入れられた施設は、いい人間もいれば悪い人間もいた。僕のことをちゃんと世話する人もいたけど、幼児にしか興味がわかない奴も、僕くらいの少年がいい大人もいるんだ。それは男女問わずに。特に僕は見目が抜群にいいらしいから、そういう奴らは、口を揃えてそんな僕が悪いんだって言っていたよ」
小さい頃から職員に、そういう目で見られ、危険な目に遭いそうになることは多々あったそうだ。幼い頃はその度に魔力が暴走するから、身の危険を感じて手を出そうとした人間は逃げ出すので無事だったらしい。
「手を出そうとした奴は、施設長に言えば直ぐに解雇にしてくれた。何と言っても施設長は、僕のことが大好きでお気に入りだったからさ」
冗談には聞こえない事実に、僕たちは乾いた笑いを浮かべた。その施設、絶対ヤバいだろ……
最近は、魔力暴走も滅多に起こらなくなり、上手くあしらうことも覚え、あしらえない者だけを飛ばしていたそうだ。
「その施設長は?」
「俺がここへ来る時に、出て行ったら死ぬって泣いて縋るから、そのまま放置してきた」
「あ、もしかして、あの記事……か?」
マーティンが最近読んだ情報誌に、魔法庁管轄の施設で、責任者が自殺未遂を起こした記事が載っていたそうだ。施設長には妻も子供もいて、ごく普通の幸せな家庭に見えた。どうして自殺しようとしたのか、本人が重い口を開かないため、周りは疑問を払拭できないでいる。そんな内容だったらしい。
「ふーん、そうなんだ。死ぬほど好きだって言っていたけど、本気だったのか」
「クリスは伯爵家の一人息子だよね?自分の子供が危険な目に遭っているのに、両親は何もしなかったの?」
コーディーがクリスのあまりの境遇に、悲しそうに疑問を口にした。
「母は5歳の時に亡くなっている。後妻は僕を施設に放り込んだ張本人だ。父も義母のいいなりだ。父は体を壊して療養しているらしいけど。施設に入ってから一度も会ってないから知らないな」
「なんて親だ、いや、そんな奴ら、親でも人でもない!……、クリス、今まで頑張ったな!」
マーティンがいきなりガバリとクリスに抱きついた。突然のことに、クリスはビックリして固まってしまった。周りの寮生も、何が起こったのかとこちらを見ている。
「マーティン、クリスを放してあげて。周りの目も気にして……」
コーディーが困った様に、マーティンの腕を引っ張った。
「ああ、ごめん。思わず抱きついてしまった。不快だったか……」
「ああ、いいよ。人に他意なく抱きつかれたのは、久しぶりだ」
クリスの日常を思い浮かべ、僕たちは、少し遠い目になってしまった。




