第43話 4年生後期
「どうしたんだ?新学期早々、なんだか騒がしいな……」
寮を出て、4年生の教室に向かっていると、明らかに学園関係者でない人の姿が多く見受けられた。王宮の文官が身につける身分証を胸元に着けているのが見えたので、王宮からやって来た文官なのだろう。教室の前に立ってメモを片手に、女生徒の手の甲を確認して回っているようだ。
「おはよう。あれね、天界樹の守護印を探しているんだってさ」
先に寮を出ていたコーディーが、僕たちに理由を説明してくれた。
「守護印を探している?」
「聖女様が守護印を失ったのが3か月前で、現在守護印を授かったと国に申し出る女性はいないそうだ。すぐに見つかることもあれば、数年後に見つかることもあるけど、ガレア帝国から探すように催促があるから、まずは可能性の高い魔法学園の生徒から調べているらしいぞ」
マーティンの言葉に、僕は思わず妹のリアのことを思い浮かべた。休暇中、体調を崩す度に不安になって確認したが、リアの手の甲に守護印は現れていなかった。
「それでこの騒ぎか……」
(父さんのことを諦めた)聖女様が、帰国したことを大々的に宣伝されたのが、ちょうど後期が始まる前だった。帰国を祝う舞踏会も華やかに催されたのだが、その場で聖女様はボンド伯爵の後妻として結婚することが発表され、参加していた僕とクリスを大いに驚かせた。
父さんたちはリアの体調不良を理由に欠席していたが、出席していれば一緒に驚いていたはずだ。
ボンド伯爵と言えば、陛下の急使としてアドキンズ侯爵領へやって来た人物だ。40歳後半の年齢のはずだが、見た目は実年齢より若くなかなかの美丈夫だ。陛下の側近で、信任も厚い人物だ。20歳になる長男と、既に他家に嫁いだ娘がいるそうだが、妻は子供が幼い頃に他界し、後妻を迎えていなかった。
父さんを諦めるよう説得をしていたのがボンド伯爵だったらしく、どうやら親身になって相談に乗っている間に意気投合したそうだ。何はともあれ、収まるところに収まって良かったと、言っておこうと思う。
聖女の証、天界樹の守護印は、女性の手の甲に現れる。前任の聖女の守護印が喪失すると次の聖女にその守護印が現れるが、その時期も年齢もどの文献を読んでもバラバラなのだそうだ。唯一決まっているのは女性だということだけだ。幼い子供や、30歳を越えても発現する可能性があるらしい。
「守護印が現れた時点で、ガレア帝国へ花嫁として差し出されることが決まっているのだから、申し出ない可能性もあるけど……」
「申し出れば、貴族だろうが平民だろうが、ガレア帝王の花嫁だ。平民なら、一気に出世だろうけど、そうだな、貴族令嬢なら隠したくなるかもな」
「光属性の女生徒は、放課後呼び出しらしいから、コーディーは男で良かったな」
「そうだね。婚約者がいるのに守護印が現れたら婚約破棄して、ガレア帝国に行くんだよね?かなり悲劇だよね。僕が女性でも、それは嫌だな」
他国の聖女は、夫も子供もいる状態で聖女の守護印が発現したらしく、離婚後帝国へ連れて行かれたそうだ。そう聞いてしまうと、聖女になることが幸せなことだとは思えなかった。
「天界樹の守護があるから、五カ国は瘴気も魔物も気にせず安泰なのだと分かってはいるけど。でも、聖女交代の今、改めてこの国を支えているのは一人の聖女の犠牲なのかも、とか考えてしまうのは変なのかな?」
「いや、その通りだと思うよ。ただそれを言っても、現実的にどうしようもないことに、僕たちは気づいている。だから、ほとんどの人間がその事に気づかないフリをしているんだよ」
「そうだな……他の方法があれば、そうしているだろうし、今現在は、聖女に頼るしか方法がないんだよな。緑の精霊の加護も厄介だけど、天界樹の守護印も大変だな……」
「白の魔法使いとしても、一人の女性に背負わす責任の重さは気になっていたけど、現実的に考えてもすぐにどうにか出来る問題ではないね」
クリスは少し悔しそうに、検査を受けている女生徒たちの方を見た。何百年もそれが当たり前だったのだ。何かいい方法があるのなら、これまでにそうなっていただろう。
5日かけて探した結果、魔法学園には該当する人物はいなかったと言って、調査隊は引き上げて行った。その後も、国中を探しているそうだが天界樹の守護印を発現させた女性は見つかっていないそうだ。
現在、「始まりの天界樹」には3カ国の聖女が祈りを捧げているので、今すぐ支障をきたすわけではないが、他国の聖女に任せたままでは国の体裁が保てないため、引き続き捜索するそうだ。
「聖女探しは落ち着いたけど、後期はすることが多い上に、5年生に上がるための試験が多い。さらに寮対抗戦もある。負担が多すぎだろ……」
マーティンがウンザリしたように溜息をついたので、僕たちは一斉に机の上の課題の山を見て項垂れた。
「それで、寮長会議で寮対抗戦の種目、決まったのか?」
「ああ、やはり騎士と魔物ゲームに決まりそうだ。前回は僕たちの作戦勝ちだったけど、今回は他寮も同じ手を使って来る可能性が高い。違う作戦を考えることと、新しく入ってルールを知らない1年生に教え込む、この二つが成功すれば、いい線は行くと思うんだけど」
「ただ残念ながら、僕たちには時間が無いんだよね……」
「ああ、だから、去年は3年生だった僕たちが中心になって作戦を考えて実行したから、今年は副寮長になったエルマーを中心に寮対抗戦は任せようと思う。去年、ギルバート先輩が忙しい中、積極的にやってくれていたことを思うと頭が下がるけど、今年は、丸投げしようと思う」
「まあ、去年は特別だろ?5年生になったアルベール先輩が参加して、優勝する気満々だったからな」
魔物チームになった時のアルベール先輩も、騎士役になって魔物を狩りに行くアルベール先輩も、それは恐ろしかったと、今でも他寮から言われるほどだ。魔法を使わなくても、迫力だけで充分恐ろしいなんて反則だと抗議もあった。まあ、その申し立ては却下されていたけれど……
「今年、5年生は全員不参加だと聞いている。きっと去年、死力を尽くして達成感があるんだろうな」
「前寮長も来ないのか?」
「ギルバート先輩は、アルベール先輩に呼ばれて魔法騎士団に仮入団中だから、今年は行けそうにないって伝書蝶で返事が来ていた。気のせいかもだけど、字に元気がなかった」
「しごかれ過ぎて、手に力が入らないんじゃないか?」
「王宮に出入りしているクリスが言ったら、本当のことみたいに聞こえる……、まさか、本当なのか?」
「魔法騎士団も、近衛騎士団も見ている限り大変そうだ。卒業して正式採用になるまでに、何人残っているのか、団員たちが賭けているって噂もあるしね」
「その情報は聞きたくなかった。マーティンとコーディーはいいな。魔法研究所も医局も穏やかそうだもんな」
「ああ、言うの忘れてたな。俺、魔法研究所には行かないことにした」
「ええ⁈推薦取れていたよな?」
「いろいろ考えたんだけど、外交官になるために5年生の間、外交官見習いになることにした。卒業して、エヴェが帰国する時に、俺もエリシーノ国に外交官見習いとしてついて行こうと思う」
マーティンとエヴェリーナ嬢は順調に交際しているが、取り巻く環境は依然として不確かなままだ。このまま離れてしまえば、いくら運命の相手とは言っても問題は深刻化するだろう。
「そうか、頑張れよ。マーティン」
いつも読んでいただきありがとうございます。
そろそろ完結も見えてきたタイミングですが、毎日投稿が滞っており、申し訳ございません。
明日以降、当分の間不定期投稿とさせていただきます。
すみません!よろしくお願いいたします。




