第40話 閑話 アリスの秘め事
「ねぇ、アリス。コーディー様に内緒で魔法大会を見に来て、本当に大丈夫なの?」
ベッキーに会場を案内してもらいながら、私は変装用に被っていた帽子をそっとかぶり直して頷いた。
「ええ、大丈夫よ。たまたま親戚の祝い事に参加する行事が王都であったの。それは本当のことだし、無理を言ってお父様に同行させてもらったけど、それは言わなければ分からないわ」
魔法大会に出場するコーディーを見たかった。そう、理由はこれだ。出来ることなら、フレディ(フレデリック様)とコニー(コーディー)が、一緒にいるところを見られたら更にいい、なんてほんの少ししか思っていない。いや、かなり思った。推しの萌え、それは生きる活力なのだ。
「それより、ベッキーは、私と一緒にいていいの?」
「ええ、大丈夫よ。女子部門は昨日終わって、今日は自由に試合見学していいのよ」
昨日、華麗な風魔法で5位入賞を果したベッキーは、試合の疲れを感じさせないほど、嬉々として会場を案内してくれている。ちなみに彼女の推しであるクロス(クリスティアン様)は、氷魔法を華麗に決め、準決勝に進んでいた。
もう一人の推し、ギース(キース様)は、先ほど優勝していた。闇魔法は希少で、対戦相手も少ないので早く終わるようだ。とはいえキース様の試合は、魔法をあまり分からない私から見ても圧倒的で、観戦席の女生徒のみならず、見学している男子生徒からも感嘆の声が聞こえた。
勝利したキース様が、クリスティアン様たちの方を見て笑顔で手を振った時は、ベッキーは勿論のこと、周りにいる同好会の方々が悶え、死屍累々よろしく、感涙して倒れ込んでいた。
「ああ、尊いわ。思わず鼻血が出るかと思った……」
白いハンカチで鼻を押さえながら、ベッキーが復活したので、私たちは試合会場隣で救護活動している光属性部門をこっそり見に行った。コーディーが、怪我をして運び込まれてきた生徒を診ていた。
「あ、コーディー、また痩せた?」
私の言葉に、ベッキーが私の肩を掴んでブンブン動かした。
「そう、そうなのよ。昔はぽっちゃり癒し系だったのに、今はすっかり、癒し系可愛い男子になったのよ。コニー推しは勿論、コーディー様本人推しもかなり急増しているのよ。特に、後輩の女生徒が多いわ。ほら見て」
ベッキーが指さす方向を見ると、1年生2年生の女生徒たちが、遠目にコーディーを見ては頬を染めている様子が見えた。傷を癒す姿はまさに天使、ええ、私も激しく同意するわ。でも、なんだろう。胸の辺りがモヤモヤするわ。私が首を傾げて胸の辺りを押さえていると、ベッキーがフフッと意味ありげに微笑んだ。
「幼馴染の恋は順調に成長しているのね。安心したわ」
「ええ?どういうこと?」
「今、胸の辺りがモヤモヤしたのでしょう?ズバリそれは、嫉妬よ」
ベッキーの指摘に、私はドキリとして胸を押さえた。小さい頃から知っているコーディーをずっと好きだった。幼馴染だったからか、婚約した後もその気持ちは、男女の恋愛感情とは少しだけ違うような気がしていた。
「ま、まさか、そんなこと……」
「でも、あの女生徒たちに嫉妬したのでしょう?取られたくない、彼は自分の婚約者だ。とか、思ったりしたのかしら?」
「……思って、しまったわ」
私は熱くなる頬を押さえて、どうしようかと焦って首を振った。ベッキーからの生温かい視線が痛い。
「あ、ほら、見て。フレディ(フレデリック様)が運ばれてきたわ。彼は風属性だったかしら」
フレデリック様の腕が切れて、派手に血が流れている。気づいたコーディーが、フレデリック様に近づいて心配そうに声をかけている。
「フレディの腕に、コニーが触れたわ……会話する彼ら、尊い」
今まで嫉妬した自分に戸惑っていたはずなのに、会話する彼らを見た私は一気に妄想の世界にハマった。可愛いコニーに、怪我をしたフレディ。きっと心配しているのにコニーは素直になれないのよ。フレディもコニーの前では強がっているはず……
「アリス、アリス!気持ちは分かるけど、ここで妄想するのはだめよ。ぼんやりしていたら、コーディー様に見つかってしまうわ。会う気は無いのでしょう?」
「は、そうだったわ。見つかってはいけないわ」
私たちは、そっと現場を離れた。光属性部門は、運ばれてくる生徒を癒したり救護したりするところを、担当の教官が見守り点数をつける。勝敗ではなく、優秀だった生徒が表彰されるそうだ。
コーディーは癒しの光より、魔法薬を調合する方が得意だと言っていた。表彰は狙えないと思うと手紙にも書いてあった。
「頑張ってね。コーディー」
会場に戻った私たちは、クリスティアン様の決勝戦を見守っていた。対戦相手は、伯爵家の令息なのだそうだ。入場している時から、ずっとクリスティアン様の方を睨みつけていて感じが悪い。その様子を見て、隣でベッキーが溜息をついていた。
「クロス(クリスティアン様)の対戦相手の婚約者がね、クロスに本気になったらしいのよ。同好会の会長も由々しき事だと嘆いていたわ。私たち同好会は、あくまで見守る立場。それを逸脱はしないのだけど、同好会以外の女生徒は、クリスティアン様本人に本気になってしまうのよ。まあ、美しすぎるのもいろいろと苦労するわね。私はクロス、ギース推しであって、クリスティアン様とキース様に近づくことも、烏滸がましく思うのだけど……」
「そうなの?キース様は婚約者もいらっしゃらないから、狙っている令嬢もいるでしょう?」
「う~ん、そこは微妙なのよ。クリスティアン様に好意を寄せる皆様は、熱烈に追いかける方が多いのだけど、キース様を想っている方々は、何故か忍ぶ方が多いのよ。とても人気はあるのよ。でも、表立って動かれる方がいらっしゃらないの。不思議よね」
「忍ぶ方??そうね、よく分からないけれど。ご本人は、モテないと言っているそうだけど、違うのね」
試合は、最初こそ恨みを持って対戦していた相手の勢いが勝っていたが、結果的にクリスティアン様の圧倒的な勝利で終わった。怪我をした対戦相手は、コーディーたちがいる救護所へ運ばれていくようだ。
「おっと、婚約者の女生徒が、救護所の方へ行くわね。一波乱あるかしら?」
ベッキーの言葉に視線を向けると、婚約者らしき人が駆け寄っていくのが見えた。その他にも、女生徒が追いかけるように向かって行ったのが少し気になった。
「ベッキー、髪が金色の方が婚約者かしら?あちらの茶色の髪の方は?」
「そうね、金色が婚約者ね。茶色?その方は知らないわ」
ベッキーも知らないのなら、あの方は誰なのかしら?少し気になったが、ベッキーが知らないのなら私には知りようがない。
「ああ、そうだわ。コニーとフレディの新刊が出たのよ。今日持って帰るかしら?頼まれていた2冊、確保してあるのよ」
ベッキーの言葉に、私は気になっていたことを全て忘れて勢いよく頷いた。
「ああ、やっと出たのね!待っていたのよ。勿論、今日頂いて帰るわ!続きが気になって、夜も寝られなかったの。いつもありがとう、ベッキー」
私はベッキーから大切な会報誌を2冊渡され、満足して会場を後にした。この時の私は、目の前の幸福に舞い上げり、コーディーに対して芽生えた新しい感情のことはすっかり忘れてしまっていた。




