第3話 入寮式と赤のフェニックス寮
「ようこそ、新入寮生。俺が今年から赤のフェニックス寮の寮長になったアルベール・ブルックスだ。今日は寮内の施設と学園内を上級生が案内するので、しっかり覚えるように。これから、寮内で何かあれば、俺に言ってくれば対処する。では、解散」
赤い髪に緑の瞳が印象的なアルベール・ブルックス寮長は、ブルックス公爵家の嫡男だ。僕も何度か、貴族子息同士の交流で顔を合わせている。火属性の魔法が得意で、既に王宮から熱望されて、卒業後は魔法騎士団に入団が決まっているそうだ。
制服の襟には赤い星が3つ、つまり赤のフェニックス寮所属の3年生だということだ。寮長は4年生の先輩がなるのが慣例だ。最終学年の5年生は、就職活動と卒業に向けて学業に専念するためだ。
3年生のアルベール・ブルックスが寮長ということは、4年生の先輩に、アルベール・ブルックスよりも適した者がいなかったということだろう。
彼の祖母は、ガレア帝国から嫁いできた王女殿下だ。彼の赤い髪は、ガレア帝国王族の特徴を色濃く受け継いでいる。高貴な血筋、公爵家の嫡男で魔法も剣の腕も秀逸な彼の右に出るものは、なかなかいないだろう。寮長になれば、就職活動にも有利らしいが、今年の4年生の先輩は少し気の毒な気もする。
「はい、では学園から案内します。各自名前を呼ばれたら、呼んだ先輩の元へ行ってください」
2人の先輩に対して、4人の新入生がついて行くようだ。学園はかなり広い。魔法演習場や剣などを扱うための運動場、図書館や食堂まで案内するとなると、かなり大変そうだ。
今日中に学園と寮の施設までか、これ、絶対途中から走るだろうな……
「よし、俺たちの班は、クリスティアン・エイベル、コーディー・ロジャーズ、マーティン・ユーイング、キース・アドキンズ。急ぐからついて来いよ」
どうやら僕たちを案内してくれるのは寮長のアルベール・ブルックス先輩と4年生のハロルド・アップルトン先輩のようだ。彼はアップルトン侯爵家の次男だったはずだ。
水属性の魔法を使い、氷魔法も使いこなせるらしい。成績も優秀で、もしアルベール・ブルックス先輩がいなければ、ハロルド先輩が寮長だったかもしれない。その情報を教えてくれたのは、同じ班になっているマーティン・ユーイングだ。
マーティンは小さい頃から知っている、幼馴染のようなものだ。ユーイング伯爵家の長男で、貴族令息の集まりで同じ歳だったこともあり、よく遊んでいた。性格も明るく、なんにでも興味を持つ人懐っこい男だ。
小さい頃から情報収集能力に長けていて、将来は王宮の魔法研究所で働きたいらしい。マーティンは伯爵家だが、魔力量が基準を上回っていたのでフェニックス寮になったそうだ。
「ここは魔法演習場だ。授業で使用するほかに、放課後に空いていれば申請して使うことが出来る。1年生は演習より先に、基礎を教科から習うので、実際に使用するのは後期になってからだ」
魔法演習場は魔法学園の中央に設置されていて、かなり広く周りを高い壁で囲われていた。壁には貴重な魔石が埋められていて、これである程度の魔法の衝撃には耐えられる結界が張られているそうだ。
ただし上級魔法や、強い衝撃には耐えることが出来ないので、上級生になると魔法演習で、魔法学園が所有している森へ行くこともあるらしい。
「ああ、そうだ、この学園では、最低でも1つの部活動に参加することが義務づけられている。2つ以上も可能だが、入らないという選択肢はない。部活動の勧誘が始まるのはもう少し後だが、一応考えておくように。ちなみに俺は騎士部だ。体を鍛えたい奴は、入部するといい」
僕の後ろでクリスティアン・エイベルが嫌そうに溜息をついた。絶対に部活に入らないと駄目だと言われて、気が重くなったようだ
剣を扱う実習は広い運動場で行い、剣を使って魔法を使う場合は、魔法演習場に行くそうだ。基本は魔法で戦うが、魔力は無限にあるわけではない。そのため、実践として魔力を使わない剣を習得するのだ。
1年生は選択授業がほとんどないが、2年生になれば各自希望するコースでクラスが決まるそうだ。僕は将来、近衛騎士になりたいと思っているので、そちらのコースを希望するつもりだ。
「ということで、ここが運動場だ。部活や寮対抗の催しでもここを使うことが多い。ここにも魔石があるが、魔石には勝手に触れないようにな。魔石は貴重なので、防犯用の魔法陣が仕込まれている。俺は触れたことがないが、前にふざけて触った者が、全身痺れて2日間寝込んでいた。マーティン・ユーイング、お前のような奴のことだぞ」
興味が湧いたのか魔石を触ろうとしていたマーティンが、アルベール先輩の言葉を聞いて、慌てて手を引っ込めた。
「……はい、気をつけます」
次に向かった図書館は、魔法関係の蔵書が多く収められているそうだ。外観は円柱型の大きな2階建ての建物で、外壁は大部分が蔦で覆われていた。
昔、図書館に生徒がふざけてかけた魔法が不定期に発動するらしく、ぼんやりと歩いていると出口が消えるらしい。年間に数名迷子になる者がいるそうだ。
授業の資料集めなど、図書館に行かないわけにはいかないため、行く場合は数名で行動するようにと注意された。昔のこと過ぎて、魔法の解除は不可能らしい。迷惑な話だ。
「よし、時間が無くなってきたな。次は食堂だ。走るから俺について来い」
予想通り、アルベール先輩はいきなり走り出した。彼は昔からせっかちな性格だ。案の定、少しぽっちゃりタイプのコーディー・ロジャーズが、アルベール先輩のスピードについて行けずに遅れだした。
「大丈夫か?コーディー」
コーディーは、ロジャーズ侯爵家の三男で末っ子だ。夫人が末の息子を可愛がり、好物のケーキを与え過ぎた結果、コーディーは癒し系ぽっちゃり体形になってしまった。コーディーも令息の集まりで友達になった。
「手を引くから、頑張れ」
「ごめんね、キース。ありがとう」
クリスティアンが、後ろにいた僕たちをチラリと見てからアルベール先輩の方へ走って行った。何かを話しかけて、アルダール先輩が頷いた。クリスティアンが僕たちの元へやって来た。
「風で浮かせていいか聞いた。許可をもらったから浮かせるよ」
クリスティアンがサッと右手を振ると、コーディーの体が少しだけ浮いた。風魔法で浮かせてくれたようだ。これなら僕が手を引けば、コーディーは走らずに連れて行ける。
「助かる。ありがとう」
「別に、それほどのことはしてない……」
それだけ言うと、クリスティアンはアルベール先輩の後を追って行ってしまった。
「なんだ、愛想のない奴だな」
隣を走っていたマーティンが少し不満げに呟いた。確かにそうだが、僕は彼の耳が少し赤くなっているのに気づいてしまった。
「いや、照れているだけだよ。案外いい奴なのかもしれないな」
「ふーん、そうなんだ。あいつ、闇属性以外は全属性に適応しているらしいよ。この魔法だって、調整するのが難しいんだ。無詠唱でやるなんて、ちょっと嫌味な奴かと思ったよ」




