第38話 デビュタント
王宮開催の舞踏会は年に数度あるが、貴族の令息令嬢がデビュタントするのは冬の舞踏会と決まっていた。タランターレ国は雪に覆われる地域も多いため、魔法学園や貴族の学園の学年が終わる時期を待って、直ぐに開催される。
一昔前は、婚約者を伴って出席するのが当たり前だったデビュタントだが、最近は恋愛結婚をする貴族も多く、その伝統は廃れている。
新たに16歳になった者たちが真っ白のドレスや礼服に身を包んで参加するため、舞踏会会場は一層華やかだ。この舞踏会では、白を着られるのは成人を迎えデビュタントする者だけだ。
この日のために、半年かけて準備する貴族もいるのだから、この舞踏会が貴族の令息令嬢にとっていかに重要かは言わずもがなだ。
「クリス、白の魔法使いの正装、似合っているじゃないか」
父さんに褒められて、クリスは少し照れくさそうに微笑んでいる。リアは両親と共に王都には来ているが、舞踏会には参加できないためタウンハウスで侍女と一緒にお留守番だ。今頃、夢の中だろう。
「キースも、このデザインを選んで良かったわ。良く似合っているわ。二人ともデビュタント、おめでとう」
久しぶりに夜会用のドレスを着た母さんを見たが、子供を二人生んだとは思えないほど若々しく美しいその姿に、男性がダンスを申し込もうと列をなしていた。勿論父さんが母さんの隣をガッチリとガードしているので、申し込める見込みはないだろう。
「もう、マーカスったら。いいわ、私は息子とクリス君と踊るから。さあ、どちらからかしら?」
クリスがスッと母さんに手を差し出して、ダンスに誘う礼をした。周りの女性からきゃああと黄色い声が聞こえた。
「うふふ、役得ね。マーカス、いいわよね?」
「ぐぅう、勿論だ。楽しんできたらいい」
大人気ない父さんでも、クリスと息子の僕は拒絶できなかったようだ。母さんは父さんににっこり微笑んでから、悠々とクリスにエスコートされてダンスフロアへ進んで行った。周りがパッと注目したのがわかった。
「母さん、意外と肝が据わっているんですね。注目され慣れている?」
父さんが、ふふんっと自慢げに微笑んだ。これは話が長くなるかもしれない……。要約すると、母さんは独身時代社交界の華の一人で、それはそれはモテたそうだ。その母さんを射止めたのだと自慢したいようだ。
「はいはい、父さんも、母さんのことを運命の相手だと言うのですね」
「運命の相手?確かにミリアがそうならいいとは思うが、運命なんて言葉で、俺たちを軽くまとめないで欲しいな。ここまで来るのに、努力も苦労もかなりしたんだぞ」
「なるほど、そうですね。マーティンも運命の相手であっても、何もかも上手くいくわけではない。今も一緒に歩むための努力を重ねているところ……」
僕の呟きに父さんが反応した。父さんもマーティンのことは幼い頃から知っているし、緑の精霊の加護のことは、ユーイング伯爵から直接父さんに相談の手紙が来ていたらしい。父さんの知っている知識は、手紙を通して伝えているそうだ。
「緑の精霊の加護は厄介なのだと、緑の魔法使いのグスタフ殿も言っていた。タランターレ国は、精霊信仰はあまりしていないが、エリシーノ国では天界樹の信仰と同等、いやそれ以上かもしれない。マーティン君はかなり苦労するだろうな」
父さんの言葉に、僕はフロアで幸せそうに踊るマーティンとエヴェリーナ嬢を見た。隣ではコーディーとアリス嬢も楽しそうに踊っている。ちょっとだけ、そう少しだけ羨ましい光景だ。
「父さん、運命でなくてもいいので、どうしたら僕は令嬢と知り合えるのでしょうか……?」
まさか今夜踊るのが、自分の母親とだけだなんて、そんなことはないよな……⁈
「出会う時に、出会うんだと思うんだが……、頑張れ、息子。最悪、政略結婚で結婚は出来るから、焦らず待っていたらいいさ」
「最悪って言っていますよ……。政略は嫌なんです。いい例が周りにいませんので……」
僕は思わず伯父夫婦を想像してしまい、慌てて首を振った。
「そうか?政略結婚でも、幸せそうに過ごしている夫婦もいるにはいるぞ。俺は恋愛結婚を薦めるがな」
結局、舞踏会では母さん、アリス嬢、エヴェリーナ嬢とダンスを踊り、他の令嬢を誘う機会は残念ながら訪れなかった。クリスは、ノートを貸してもらった先輩方と終始和やかに踊っていた。
不思議なことに、僕とクリスが近づいて何か話していると、その度にきゃあっとどこからか悲鳴が上がる。クリスも心当たりはないそうで、僕たちは揃って首を傾げた。その様子に、コーディーとマーティンだけは、少しだけ遠い目をしていたが、残念ながら僕たちは気づいていなかった。
そして、今夜一番悲鳴が上がったのは、コーディーがエヴェリーナ嬢と踊った後にフレデリックの所へ行って話し込んでいる時だった。コーディーはその悲鳴を聞いて顔を引きつらせ、アリス嬢に近づいて行ったが、アリス嬢は理由は知らないと、頬を染めながら首を千切れるほど横に振っていた。
「怪しいんだよね……」
アリス嬢の元から戻って来たコーディーが疑わしそうに、談笑しているアリス嬢とベッキー嬢を見ている。マーティンは何か知っていそうな顔で申し訳なさそうにコーディーを見ていたが、コーディーはアリス嬢の方を注視していて、その視線には残念ながら気づいていないようだ。
「ああ、そういえば、先ほど王宮の奥で少し騒ぎがあったらしいぞ。どうやら第一王女殿下が、舞踏会に参加したいと癇癪を起したらしい。陛下が王女殿下を溺愛しすぎて、少々我儘な王女にお育ちのようだ」
こそっとマーティンが僕に耳打ちをした。卒業して希望通り近衛騎士隊に所属されれば、第一王女殿下と関わることもあるだろう。
第一王女の我儘な性格は、貴族なら誰でも知っているほど有名な話だ。僕はまだお会いしたことはないので、噂をそのまま信じることはないが、舞踏会に出たがるほど12歳の王女殿下は好奇心旺盛な方のようだ。
「いずれお会いできるといいな」
この時、僕の運命の欠片が少しだけ動いたなんて、僕は気づくはずもない。
僕が運命の相手に出会い、添い遂げるまでにはまだまだ時間がかかるのだが、勿論この時の僕がそのことを知るはずもなく、舞踏会で出会いが無かったことに落ち込んで、クリスに慰められていた。
「ああ、ギースとクロスのお二人が、なんて尊いの……」
「ええ、本当に。ギース様(キース様)にダンスを申し込むなんて、烏滸がましくて出来ませんでしたわ」
その慰められている姿を見られて、同好会の女生徒や会員の女性から熱い視線を浴びているなんて、当然僕は知る由もなかった。そして女性から敬遠されていた理由もまた、それが原因だなんて分かるはずもない。
「僕、本当にモテるのか?マーティンたちの欲目なんじゃないかな……」
「いや、キースはいい男だと思うぞ。ミリア様に似たピンクブロンドの髪も、マーカス様似のアクアマリン色の瞳も、……リアに似て可愛いな」
クリスが僕の髪を触って微笑むと、周りにいた女生徒が真っ赤になってササっと離れていった。
「なんだ?可愛いって、揶揄うなよ。僕はリアとは違って、可愛くはない!言うなら、格好いいと言えよ」
僕とクリスが言い合っていると、マーティンが残念なものを見るような顔で僕たちに首を振った。
「その辺でやめておけ。このままだと、ご令嬢たちが卒倒しそうだ」




