第37話 3年生後期
長いと思っていた夏季休暇も、気がつけばほとんど終わっていた。学園が始まる前に、クリスと共に王都に戻って来た僕は、残りの日数を街に出て過ごした。アドキンズ侯爵家が支援している孤児院に頼んで、子供たちと遊ばせてもらっていたのだが……
「お兄ちゃん、騎士役なんだからしっかりしてよ。魔物は隠れるだけじゃなくて、捕まった魔物を助けに来るんだよ。見張り役は大切なんだからね」
「ごめんよ。3匹も逃げた……」
子供たちに混じって騎士と魔物ゲームをしては、子供たちの探し方、逃げ方を研究していた。逃げるだけかと思っていた魔物は、味方の魔物が助けに来た場合、脱走出来るそうだ。平民の子供なら、誰でも遊んだことのあるゲームだが、貴族子息に経験者はいない。何故かと考えたが、そもそも貴族子息が大人数で走り回って遊ぶ機会が少ないのだ。
「よし、今度は任せておいて。ちゃんとガードするよ」
僕が合図をすると、味方の騎士役の子供たちが魔物を探すために走って行った。僕は残っている魔物役の子供たちが逃げ出さないよう周りを警戒した。16歳の僕でも、素直にこのゲームが楽しいと思えた。
「騎士と魔物ゲーム、奥が深いな」
夏季休暇も終わり、今日から後期が始まる。後期の大きな行事としては、寮対抗戦と5年生の卒業式だ。そして僕たち3年生の貴族子息や令嬢は、冬の休暇中に王宮主催の舞踏会でデビュタントを迎える。
夏季休暇で領地に戻り、デビュタント用のドレスや礼服を仕立てるため、3年生の夏季休暇は忙しい。例に漏れず、僕も母さんが呼んでいた仕立て屋に採寸され、デザインを選ばされた。母さんはクリスの分も仕立てようとしていたが、白の魔法使いの正装で出席するから必要ないと言われて残念がっていた。
「でもクリス君の白の魔法使いの正装、絶対に素敵だわ。今から楽しみだわ」
デビュタントには、子供の成人を祝うため親も参加する。親族が参加できない場合は、後見人を立てる。今回、クリスの後見人には前白の魔法使いでもある父さんが指名されたので、「息子二人分、しっかり見届ける」と張り切っていた。
「久しぶり。元気だった?」
聞き慣れた声に振り向けば、コーディーがマーティンと一緒に立っていた。先に寮に着いて、歓談室で話をしていたそうだ。
「元気だったよ。コーディーもマーティンも、領地にギリギリまでいたから、本当に久しぶりだね」
「ああ、エヴェのことを話し合うのに、思いのほか時間がかかったんだ。最後には納得してもらえたけど、まだまだ前途多難だ」
「僕は順調に領主教育を終えて、と言いたいところだけど、まだまだ勉強することが多いよ。まあ、ずっとアリスと一緒だったから、楽しかったよ。でも何故か部屋には入れてくれなくなったんだ。隙あらば、と思っているのがバレたのか、それとも見られて困るものでも隠しているのか……?」
二人の近況を聞いていると、遅れてクリスがやって来た。王都に戻ってからは、白の魔法使いの仕事に追われていたそうだ。本格的に仕事を始めるのは、学園卒業後だが、それでも白の魔法使いとしての仕事は少なくない。アドキンズ侯爵領へ行くために、夏季休暇は仕事を詰め込んで無理をしたようだ。
「後期が終わったら、色の魔法使いの会議があるらしくて、準備が忙しい。面倒だ」
「冬期休暇中か?デビュタントは?」
「ああ、デビュタントの行われる王宮舞踏会の後らしいから、大丈夫だよ」
「キースは王都に戻ってきて、何をしていたんだ?」
「実は、寮対抗戦の種目が決まって、その対策を考えるために子供たちと遊んでいた」
僕は寮対抗戦の種目が騎士と魔物ゲームに決まったことを伝えた。コーディーもマーティンは、聞き覚えがないゲームに首を傾げたが、クリスは懐かしそうに微笑んだ。
「ああ、騎士と魔物ゲーム、僕もよく遊んだな」
「クリスが?」
「ああ、施設には平民の子供も多かったし、遊んでいる間は嫌な大人とも関わらなくていいから、気が楽だったんだ。……なんだ、その意外そうな顔は」
「いや、クリスも普通の子供だったんだと思ってさ」
「当たり前だ。僕をなんだと思っているんだ」
心外だと、クリスが僕を小突いた。痛くはなかったが、大袈裟に痛がっておいた。
「それで、騎士と魔物ゲーム、僕たちにもルールを教えてよ」
僕とクリスは、コーディーとマーティンにルールを説明した。僕が知っているルールと、クリスの知っているルールは少し違っていて、住んでいる土地でも微妙にルールが違うことが分かった。
「なるほど、ルールの持っていき方によっては、赤のフェニックス寮も優勝を狙えるかもしれないな。会議で上手くやれば、ギルバート先輩が禿げる心配をしないでいいかも?」
もしもの時のために、良く効くという育毛剤と胃薬を用意しようかと真剣に考えていたが、折角やるのなら優勝を狙いたい。
「面白いな。どうすれば有利に進められるか、作戦を考えよう」
僕たちは夢中になって作戦を考えた。それを寮長のギルバート先輩に提案して、話し合いを重ねた。寮長の会議でも、運営方法を詰め、ルールが決められていった。
そうして、満を持して迎えた寮対抗戦、僕たち赤のフェニックス寮は見事優勝を勝ち取った。勝因は練りに練った作戦だったが、もう一つの勝因は、迫力が魔物以上だと言わしめた、アルベール先輩の活躍だろうか。騎士役の他寮生が、魔物役のアルベール先輩の迫力に恐れて近寄れず、何度か捕獲されている魔物役を脱走させることに成功したらしい。
「いや、怖いって。下手したら魔物より怖いかもしれない。ズルくないか⁈」
他の寮長が切実に訴えたらしいが、残念ながら副寮長の僕は運営側に回っていたので、身をもって体験することはなかった。勿論、迫力が怖いのは違反ではないので、失格にはならなかった。
予想以上に騎士と魔物ゲームは盛り上がり、来年の寮対抗戦も騎士と魔物ゲームがいいと言っている寮生が多いそうだ。
アルベール先輩は優勝にご満悦で、その後は寮のことに口を出すこともなく平和な学園生活が送れた。おかげでギルバート先輩の髪と胃は無事に守られたようで、5年生の卒業式でギルバート先輩は号泣しながら送辞を読み上げていた。
5年生が卒業し、後期の試験も無事に終わり、僕たちは冬の休暇へと入った。ギルバート先輩から、後任の寮長に指名されたので、副寮長にはイーストマン先輩の弟のエルマー・イーストマンを指名する予定だ。
イーストマン辺境伯の長男、ジョルジュ・イーストマン先輩もアルベール先輩と一緒に卒業していったが、卒業式当日もクリスを追いかけて「綺麗だ。好きだ。愛しているぞ!」と叫び、弟のエルマーが止めに入る一幕があった。もう見慣れた光景なので、大きな混乱もなかった。婚約者の令嬢とは順調だと聞いているが、本当に大丈夫なのだろうか?
「やっと静かな学園生活が送れる……」
卒業式に参列しながら、クリスがぽつりとそんなことを言っていて、思わず笑ってしまった。




