第33話 閑話 アリス嬢の隠し事
ある日の午後、魔法学園に通う友人のベッキーから、恒例となった定期便が届いた。【白薔薇を愛でる会】という同好会の会報誌だ。送られてきた会報誌の表紙の挿絵を見て、私は唾をコクリと飲み込んだ。
「ああ、ついに恐れていた事態が、これはコーディーに報告しないといけないかしら……、でも、まずは読んでみなくては、内容も分からないものは、報告出来ないわよね。そう、これは仕方のないことだわ」
誰に聞かせるでもなく、言い訳を声に出してから、私は友人から送られてきた薄い本を慎重に開いた。
一心不乱に読み終えた私は、うっとりと溜息をついた。
「ああ、なんて尊いの!これは、私にも推しが出来たということね。でも、コーディーには言えないわ。言ったら、きっとこの会報誌は無くなってしまうもの。ああ、いけない婚約者でごめんなさい。だって、この続きが読みたいのですもの……」
【白薔薇を愛でる会】それは魔法学園に通う女生徒が、有志で作った同好会だ。目的は、憧れの対象を己の価値観で、ひたすら愛でることだ。
それは憧れの人物を、架空の物語の登場人物として書く者や、美しい挿絵を描く者などによって、多種多様な表現で愛でられる。もちろんその様な才能を持った者たちだけで、同好会が形成されているわけではない。所属する多くの女生徒は、作られた物語を読み、その中の人物を熱烈に推す者たちだ。
今回送られてきた会報誌の表紙を見た瞬間、私は確信した。これは明らかにコーディーが主役の物語だと。同好会の存在を知ったコーディーが危惧していたことだったが、私はこのことを素直に報告することを止めた。だってこの物語を推す純粋なファンとして、続きがとても気になるから。
可愛い系男子コニー(コーディー)は、同級生のマーティー(マーティン様かしら?)を友情以上に、秘かに想っていた。ところが隣国から来た留学生エリアとマーティーは、恋人になってしまった。
傷心のコニーに想いを寄せたのは、その留学生の双子の弟、フレディだった。紆余曲折の末に、二人の気持ちは急速に接近していく。
『君の傷心も、そして遠くにいるという婚約者(これは私のことね。ちょっと複雑な心境だわ)も、僕が忘れさせてやる』そう言って、マーティーと恋人の逢瀬を目撃し、傷ついて泣いているコニーを強引に抱き寄せるところで、今回の物語は終わっていた。(ああ、続きを至急取り寄せないと!)
今回の会報誌は、絶対に追加で一冊送ってもらって、次作も2冊頼もうと心に決めた。一冊は読む用で、一冊は永久保存用だ。(結婚後もこの本の存在は隠し通すしかないわ)
友人曰く、あくまでこれは創造物(名前も少しだけ変えているものね)、故に想像は個人の自由。婚約者は悪役令嬢扱いされることが多いけど、あくまで妄想だから、実際に誹謗中傷されることは少ないので、特に気にしなくていいとのことだ。(でも、少ないということは、無いわけではないのよね?)
自分が悪役令嬢になる可能性を無視できるくらい、私はコニーとフレディの健気な恋物語に夢中になった。つまり私の心は鷲掴み状態なのだ。いくらコーディーを愛していても、それとこれとは別問題だ。
「あ、そうだ、そういえばまだ手紙を途中までしか読んでなかったわ。えっと、なになに……」
【今回の主人公が、アリスの婚約者だということは、アリスならすぐに気づくと思うわ。でも、勿論これは妄想、創作だから気にしなくていいし、相手の男性とは勿論そのようなことにはなっていないわ。
でもね、マーティン・ユーイング伯爵令息の方は事実に近いのよ。エリシーノ国からの留学生、エヴェリーナ嬢といい感じで、それをよく思っていない一部のユーイング伯爵令息信者の令嬢が、過激な嫌がらせをしているの。】
「あら、それは困ったことね……」
【ユーイング伯爵令息は、恋人のエヴェリーナ嬢を守っているから、そこは心配しないでいいわ。コーディー様とも仲がいいのよ。だから物語はあくまで物語。でもね、ユーイング伯爵令息がエヴェリーナ嬢と一緒にいるからか、双子の弟、フレデリック様とコーディー様が一緒にいることも多くて、同好会の女生徒は秘かに色めき立っているのも事実なの。
それと、エヴェリーナ嬢への嫌がらせも、そのうちなくなると思うわ。だって、【白薔薇を愛でる会】の会長が、騒がしい外野を許すはずがないもの。だから私たちも、今は静観しているの。】
どうやら同好会の会長は、それなりの権力をもった女生徒のようだ。物語の登場人物のモデルを害することを嫌い、そのモデルにちょっかいをかける外野を排除することに躊躇しない過激な一面を持っているらしい。
同好会の会員もそれなりに多く、会長の意向に従って行動するそうだ。物語のモデルを害するならば、会員たちも黙ってはいない。これもひとえに純粋に物語を楽しむためなのだろう。
【追伸:コニー編は結構人気の物語だから、追加で増版が決まっているので、追加注文するなら早めに知らせてね。次作もすぐに出る予定だから、楽しみに待っていてね。 あなたの友人、ベッキーより】
「さすがベッキー、私の思考を分かっているわ。早速伝書蝶で、追加分と次作は2冊送ってくれるように頼まないと。あと、お礼は何がいいかしら」
友人のベッキーは、領地が隣接する子爵令嬢だ。体が丈夫ではないアリスを心配して、両親がロイ子爵に頼んで友人になれるよう6歳の時に引き合わせてくれた。領地の近いコーディーとも仲が良く、3人は幼馴染の関係だ。コーディーと婚約することになった時も、一番に祝福してくれた。
二人は魔法学園に通うことになったが、体が弱く魔力の少ない私は残念ながら魔法学園には行けなかった。寂しく思っていたら、ベッキーが学園生活を記した手紙と共に会報誌を送ってくれたのだ。会報誌は有料なので、私はきっちり会報誌代を渡すことにしている。その方が、今後も気兼ねなく頼めるから。
「そうだ、お礼に刺繍のハンカチを贈ろうかしら。白い薔薇の刺繍なら、きっと気に入ってくれるわよね。布は青色がいいかしら、確か刺繍用に布が、……あった、これがいいわね」
私は綺麗な青い布を手に取った。これに白い薔薇を刺繍して、次の会報誌代金と一緒にベッキーに渡せばいい。家に籠ることが多い私は、趣味が刺繍でかなりの腕前だと思っている。
「それと、もう少ししたら嫌がらせが無くなると、それだけコーディーに知らせた方がいいかしら?」
悩んだ末に、私は伝書蝶に短く文章を書いた。
【コーディーへ 留学生への嫌がらせは、もうすぐ無くなると友人が言っていました。マーティン様が暴走する前に、そう言ってあげてね。アリス】
同好会のことは伏せて、なるべく簡潔に書こうとした結果、自分でもよく分からない文章になってしまったが、意図は伝わるはずだ。
後日、16歳のデビュタントでコーディーに、フレデリック様を紹介された私は、心の中で妄想を爆発させて興奮してしまった。赤くなった私を、体調不良だとコーディーが心配して、言い訳するのに困ってしまった。
「体調不良じゃないなら良かったけど。そうだ、今日のドレスは、アリスにしては大人っぽいデザインだね」
「ええ、悪役令嬢としては、これくらい大人っぽい方がいいかと思って。どう、似合っているかしら?」
「悪役令嬢??似合っているけど、僕はいつものアリスの可愛い装いも好きだよ」
「やっぱり、そうよね……、お父様が可愛らしいデビュタントのドレスも作ってくださったの。着替えてきた方がいいかしら?」
「うん、その方が僕は安心かな。そのドレスは、少し露出が多いから、他の男性の目が気になるんだ」
可愛いドレスに身を包み、私はコーディーと幸せな時間を過ごしたのだが、同好会のメンバーが悪役令嬢アリー(私ね)とコニー(コーディー)のダンスを見て興奮していたと、後でベッキーがそっと教えてくれた。
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