第29話 閑話 コーディーが見たものは
「アリス、ただいま」
「おかえりなさい、コーディー。また、痩せたんじゃないかしら?」
「え、そうかな。でもこれぐらいが、動きやすくてちょうどいいんだよ」
2年生が終了し、僕は婚約者のアリスが待つエヴァンズ侯爵領へやってきた。実家のロジャーズ侯爵領は、ここからさらに東に行ったところに位置している。アリスと結婚すれば、エヴァンズ侯爵が引退後は、僕がエヴァンズ侯爵を継ぐことになっている。領地経営などの勉強をするため、魔法学園が休暇の間はここで過ごし、義理の父になるエヴァンズ侯爵に教えを乞うことになった。
婚約者のアリスとは、領地が近く歳も同じだったことから、幼い頃から仲が良かった。エヴァンズ侯爵にも、小さい頃から息子同然に可愛がってもらっていた。だから僕に、アリスの婚約者として白羽の矢が立ったのもごく自然の成り行きだった。アリスは体の弱いエヴァンズ侯爵夫人が、命を懸けて授かった一粒種だ。今も夫人は元気だが、二人目は望めなかったそうだ。
「お父様は、視察に行っていて留守なのよ。勉強は、明日からしようって言っていたわ」
「そうか、じゃあ部屋に荷物を置いてから、アリスの部屋に行ってもいいかな?久しぶりに、子供の時にやっていたボードゲームしようよ」
部屋に行くという僕に、アリスは一瞬驚いたようだが、ゲームがしたいと言うと快く了承してくれた。下心が無いと言えば嘘になるが、暫く会えていなかったアリスと出来るだけ一緒にいたかった。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します。小さい頃、一緒に遊んで以来だから、久しぶりだ」
小さい頃のアリスの部屋は、フリルとピンク色で統一され、クマやウサギのぬいぐるみで溢れていた。今は落ち着いた白色の花柄のカーテンがかかっていた。沢山いたぬいぐるみは、今は2匹だけが並んで飾られていた。メイドがお茶とお菓子をテーブルに置いて退室したので、僕たちは少しだけ緊張しながらお茶を飲んだ。
「あ、そうそう、ボードゲームよね。確か部屋の奥に……、ちょっと待っていてね」
アリスが席を立って奥の部屋に行ってしまったので、僕は手持ち無沙汰になって近くにあった本を見た。
「……禁断の白い薔薇、その2…?」
怪しいタイトルに、僕はその薄い本を手に取った。内容が気になって、僕はパラパラと本をめくった。
「……ギースは、クロスの手を引いて強引にその唇を奪った……⁈っていうか、この挿絵、キースとクリスにそっくりなんだけど……、これって……」
僕が本に釘付けになっている間に、ボードゲームを持ってアリスが戻って来たようだ。僕の手元にある本を見て「きゃあっ」と悲鳴をあげて、僕から本を勢いよく奪い取った。
「な、内容を読んだ、わよね?」
「うん、パラパラとだけど、読んだ。これって、どう考えても、キースとクリスだよね?これ、どうしたの?」
アリスは僕から目線を逸らして、何とか誤魔化そうと考えていたけれど、諦めたように嘆息して僕を見た。
「あのね、私は魔力が低いし体も弱いから、魔法学園には通っていないでしょう。通っているお友達の令嬢が、親切心で学園生活をいろいろ手紙で教えてくれるのよ。その手紙の中に、魔法学園で今、秘かに流行っている同好会の素晴らしい作品があるからと、わざわざこの本を送ってくださったの」
「秘かに流行っている、この本が……??それって、いつ頃から?」
「そうね、この同好会は前から創作活動をしているらしいのだけれど、最近はこのギースとクロスの話が、爆発的に人気らしいわ。やっぱり、このギースって、キース様がモチーフになっているのよね?クロスの絵の方は見覚えがないけど、この挿絵、キース様そっくりだもの。キース様はこの男性の方が好きなの?」
アリスが無邪気に微笑んだので、僕は慌てて首を振った。
「ち、違うよ!間違っても、キースに会った時にそんなこと言っちゃ駄目だよ。キースが泣いちゃうよ……」
秘かに流行っているといっても、きっと噂に敏感なマーティンがこのことを知らないはずはない。僕たちには、敢えて黙っていたんだろう。キースが知ったらショックを受けるだろうし、クリスは怒って同好会に乗り込んで、本を燃やし尽くしそうだ。
クリスが体調を崩して倒れた時に、キースがお姫様抱っこで医務室に運んだことがあった。きっと、それを見た女生徒が二人を恋人のように吹聴したことが原因だろう。同好会があったとは知らなかったけれど、きっと彼女たちには、キースとクリスが理想の恋人に見えたのだろう。
僕としては、この流行が長い冬の休暇のうちに落ち着いてくれていることを、心の中で切実に祈るしかない。
「あのね、私がこの本を読んでいるって分かって、軽蔑した?文章もちょっと刺激的だし……」
少し落ち込んだように、アリスが琥珀色の瞳を曇らせた。
「う~ん、軽蔑はしないけど、もしかして、僕がこの本の題材になっても、楽しく読んだりする?それはちょっと嫌かもしれないね」
「え、コーディーが題材に?」
題材になった僕を想像したのか、アリスがポッと頬を染めながら首を横に振った。
「駄目よ。コーディーが男の人と、ってことは、私は振られるのよね?そんなの悲しくて、きっと泣いてしまって読めないわ」
本の題材はあくまで妄想だということを忘れて、アリスは勢いよく僕に詰め寄った。僕を誰に盗られると思ったのかは気になるが、可愛いアリスの反応に、僕は詰め寄ったアリスをぎゅっと抱きしめた。
「あ、の、コーディー?」
突然僕に抱きしめられて、アリスは緊張したのか、細い体をさらに縮ませた。
「僕はね、政略結婚じゃなくて、アリスが大好きだから婚約したんだけど、アリスは違うの?」
「え、違わないわ。私もコーディーが大好きだからよ」
勢いよく顔を上げたアリスの鼻先に、僕はチュッと口づけを落とした。真っ赤になったアリスが、鼻先を両手で押さえて俯いた。
「僕を信じて。僕はアリスにしかこんな事、したいと思わないよ」
アリスは鼻先を押さえたまま、こくこくと無言で首を縦に振った。頬はリンゴのように真っ赤だ。
「理解してくれて良かった。あ、でもね、もしもなんだけど、その親切なお友達が、僕を題材にした本を送ってきたらね、直ぐに僕に教えて欲しいな」
「それは、いいけれど、どうするの?」
「そうだね、そんなこと、有るはずないんだけど、もしも有ったら、どうしてやろうかな」
妄想する自由を否定するわけではないけれど、僕や友人を題材にされるのは気分がいいものではなかった。もしも僕を題材にして、アリスを泣かせることになったら、その時はクリスと一緒にその本を燃やしに行ってしまうかもしれない。僕はそんな考えを誤魔化すように、アリスに微笑んだ。
「コーディー、目が笑ってないから、怖いわ」
「そうかな?」
「そうよ、それより、ボードゲーム、するのでしょう?ほら、早く座って」
アリスの部屋に入れてもらうために思い付いた口実だったけど、楽しそうなアリスの笑顔を見たら、これ以上先に進むのは、もう少し我慢しようと思い止まった。
「でも次は、口にするからね」
僕の呟きは届かなかったのか、キョトンとするアリスを促して、僕はボードゲームの盤上に駒を置いた。
結局、休暇中にキースとクリスの人気は冷めることなく、秘かに燃え上がり続けているらしい……




