第2話 入学式の珍事と僕の決心
無事に式を終え、新入生が会場を退場した。今日はこのまま解散で、寮に入ってもいいし、王都住まいの者は家に帰ってもいい。僕は妹が心配なので、授業が始まるまでは王都の屋敷に帰ることにした。
寮にはすでに荷物が運ばれていて、今日から生活することも可能だ。寮には食堂も完備され、毎食料理人が美味しい料理を提供してくれるらしい。
「5日後に新学期が始まるので、それまでは屋敷の方に……、と、なんだか騒がしいですね……」
僕と父は、騒ぎの中心に視線を向けた。どうやら誰かが、叫んでいるようだ?
「クリスティアン・エイベル、美しい。好きだ、大好きだ!」
微かに聞き取れた言葉に、父と僕は顔を見合わせた。どうやら先ほどのクリスティアン・エイベルを見た誰かが、告白しているようだ。ただその声は女性にしては、かなりハスキーだ、というかこれは男性の声だ……
目を凝らしてみれば、クリスティアン・エイベルを追いかけ回している男性が見えた。制服を着ているので、上級生の男性のようだ。
初めは逃げるだけだったクリスティアン・エイベルも、男性がしつこく追いかけ回すのでだんだん苛立ってきたようだ。立ち止まって男性を制止しようとしたが、男性は猪突猛進タイプなのか、一向に止まる様子がなかった。
我慢の限界が来たのか、クリスティアン・エイベルが男性に向かって手を突き出した。瞬間、その男性が突然消えてしまった。何が起こったのか分からない周りは、騒然としている。
「え?」
「ほう、転移魔法、それも無詠唱とは、末恐ろしいな」
父が感心したように言った言葉に、僕はガンと頭を殴られた気がした。13歳で難易度の高い転移魔法を、それもいきなり無詠唱で発動できるなんて、聞いたことがない。
「大丈夫なんですか?」
「まあ、相手はイーストマン辺境伯家の嫡男だ。飛ばされても自分で何とかするだろう」
「面識があるのですか?」
「彼の父は、俺の同級生で友人だから、何度か顔を合わせている。最近は彼自身の婚約式で会ったな」
「え?婚約式……?彼は男色ではないのですか?」
「ははは、彼は同級生と恋愛して婚約しているからな。男色ではないはずだ。まあ博愛主義か、綺麗なものが大好きなのだろう。真っすぐな性格なんだ。騎士としてもいい腕を持っているんだが、まあ、今後の成長に期待だな。クリスティアン・エイベルも今回は災難だったな」
事態に気づいた教官が、クリスティアン・エイベルを連れて行こうとしている。入学式でいきなり上級生を転移魔法で飛ばすのは、流石に行き過ぎな気もする。事情を聞いた上で、注意を受けることになるだろう。
「父さん、あの……」
「ああ、教官に言っておこう。咄嗟にしたことだし、イーストマンの息子がしつこかったのも事実だ。あまり叱られるのも気の毒だ」
父さんはそのまま闇の中へ消えた。きっとクリスティアン・エイベルの援護に向かったのだろう。僕は先ほどの光景を思い浮かべて、深く溜息をついた。
「ここまで実力差を見せつけられると、流石に悔しく感じることも烏滸がましいな……」
「おにいさま、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。今朝より顔色が良くなったね」
父と一緒に屋敷に戻ると、僕はリアの様子を見に部屋へ寄った。
「ごあいさつ、ちゃんとできた?」
「ああ、リアが練習に付き合ってくれたおかげで、上手に出来たよ。ありがとう」
「そう、よかった。でも、おにいさま、げんきない?」
リアの小さな手が、そっと僕の手に触れた。そこから温かい光が広がる。体の中を温めるような優しい光だ。落ち込んで塞ぎ込みそうな心がフッと軽くなった気がした。
「ありがとう。リアの癒しの光は、心まで癒してくれるみたいだ。お陰で明日からも、前を向いて頑張れそうだよ」
僕は気合を入れるために、両手で頬をパチンと叩いた。ここで落ち込んでいても仕方ない。実力差があるなら、必死で追いつけるように努力するしかないのだ。
リアが泣きそうな顔で、慌てて僕の頬に小さな手を当て癒しの光を出した。気合を入れるために叩いた頬は、思いのほか赤くなっていたようだ。
「ごめん、ありがとう」
「父さん、僕に転移魔法を教えてください」
リアの部屋を出て、僕は父のいる書斎に向かった。授業が始まるまであと5日、それまでに少しでもクリスティアン・エイベルに近づきたいと、僕は焦っていた。
「キース、流石にいきなり転移魔法は無理だ。あれは魔力量を消費するし、制御出来なければとんでもない所へ飛ばされる。魔法学園の上級生でさえ、数名しか使えないんだ」
「上級生でも数名……」
「転移魔法より、俺たちにはもっといい方法がある」
「それって……」
「闇魔法で影に入るんだ。暗闇は精神が安定していなければ錯乱する者もいる。まずは精神を鍛え、闇に馴染むんだ。そうすれば、お前は無敵になれるさ」
幼い頃、父に連れられて入った闇は、とても怖い場所だった。それから僕は、闇魔法で影に入ることを避け続けていた。
「分かりました。闇魔法で影に入る方法を教えてください」
それから5日間、僕は暗闇の恐怖心を克服し、闇魔法を父から叩き込まれた。師としての父は、普段の優しい父とは違い、かなり厳しかった。精神的にも肉体的にも、ここまで死を身近に感じたのは初めてだった。
精神的に追い込まれた僕を、毎日リアが泣きそうになりながら癒してくれなかったら、ここまでやり通せなかっただろう。
「よし、大丈夫そうだな。学園にいる間も、この調子で毎日暗闇に慣れるようにな」
「はい、頑張ります。ありがとう、父さん」
「ああ、頑張るお前を見たら、少々気合を入れ過ぎた。死ななくて良かったな」
「少々……」
あれで少々なら、父が本気になれば、僕は本当に危なかったのかもしれない。二度と父には教えは乞わないと秘かに心に誓って、僕は魔法学園へと向かった。
短期間だったので、完全に使いこなせるまでには至らなかったが、闇魔法を使えるようになった僕は、クリスティアン・エイベルの転移魔法を見て自信を喪失したあの時よりも、少しは前向きになれている気がした。
「よし、行くか」
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