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第26話 2年生後期とクリスの異変

 長い休暇が明け、僕たちは順調に後期の授業に取り組んでいた。ところが後期が始まってから一か月を過ぎた頃から、クリスの様子がおかしくなった。

 僕たちは、暫くの間様子を見守っていたが、我慢できなくなったマーティンがクリスを問い質そうとした。

「おい、クリス。何があったんだ?そろそろ白状しろよ」

「……別に、何もないさ。ちゃんと学業も白の魔法使いの仕事もこなしているだろ?」

 僕たちの横を通り過ぎるクリスからは、今日も強烈な女物の香水の匂いがした。寝不足なのか目の下にはしっかりと隈ができている。先ほどとった昼食も少したって吐き戻していたし、服で誤魔化せないほど痩せていることが分かる。

 コーディーの予想では、何か精神的な事がクリスにあったのではないかということだった。一昨日の晩は、クリスの部屋から大きな音がして、近くの部屋だった僕とマーティンが様子を見に駆け付けた。クリスの部屋は、誰かと争ったような形跡が見て取れたがクリス以外部屋にはいなかったし、自ら事情を話す気がない雰囲気に、僕たちは何も分からないまま部屋へ戻るしかなかった。

「何が何もないだ。あんなに安物の香水の匂いをつけて、このままじゃ教官に目をつけられるぞ……」

「仕方ない、もう少しだけ様子を見よう。それでも改善されないなら、僕がクリスに問い質すよ。同じクラスだし、マーティンやコーディーよりは接する機会も多いしな」

 クリスの遠ざかる背中を、僕たちは心配しながら見送った。


 結局問い質す前に、僕は刺客と対峙するクリスに遭遇して、事情を聞くことになった。

 夜中に喉が渇いて起きた僕は、隣の部屋から殺気を感じて慌てて影の中に入った。そのままクリスの部屋の影へ忍んで、そっと部屋を覗き込んだ。

「しつこいんだ、いい加減諦めろと雇い主に伝えろ!」

「……」

 クリスは刺客の攻撃を防ぎながら、一人で二人の刺客と対峙していた。僕は思わず影から出てクリスの隣に立った。刺客が突然現れた僕を見て、面倒くさそうに舌打ちをした。

「手伝った方がいいか?」

「……起こしてしまったか?出来れば手伝ってくれると助かる」

「了解、その代わり、終わったら事情は聞かせてくれよ」

 仕方なさそうに頷いたクリスを見て、僕は刺客の一人を影へと引きずり込んだ。学生相手に刺客を2人も送り込むなんて、遠慮なく撃退しても文句は言わないだろ?

 影の中に入った刺客は、半狂乱になって気絶した。僕は手早く拘束して床に転がした。クリスも雷魔法で失神させた刺客を拘束していた。

「それで、これどうするのさ?」

「依頼主の元へ転送するさ」

「依頼主、誰か分かっているのか⁈」

「……継母だ」

 刺客を転送魔法で消してから、クリスは僕にソファーに座るように促した。僕は素直に座って向かいに座ったクリスを見た。クリスは少し逡巡してから、ぽつりぽつりと事情を話し出した。

 後期が始まって一か月が経った頃、突然継母がクリスを訪問したそうだ。学園は保護者であれば、申請をすれば面会に来ることが出来る。

 父親の葬儀で少しだけ顔を合わせたが、それ以来会うことはなかった。嫌な予感がしながらも、面会に来た保護者を追い返すことも出来ず、取りあえず会うことにしたそうだ。

「あいつは、会った途端に媚を売ってきた。ずっと化け物だと嫌厭していたのに、白の魔法使いになった僕を、自慢の息子だと言い、突然抱きついて来たんだ……」

 当時を思い出したように、自分の腕で自分を抱きしめクリスは小さく震えた。

「継母の香水の匂いを思い出す度、嫌悪でどうにかなりそうだった。それで、その香水の匂いを上書きしたくて、娼館に行った……」

「しょ、娼館??お前、それはマズいだろ⁈」

 クリスから漂っていた強烈な香水の理由は分かったが、それはかなり拙い状況だ。15歳のクリスが娼館に通っているなんて、バレたら退学案件だ。

「思い出す度、魔力が暴走しそうになるんだ。この学園を吹っ飛ばすよりはいいだろ?それに、学園長は知っている」

 クリスほどの魔力を持っているものが魔力暴走をおこせば、確かにこの学園くらい吹き飛ぶかもしれない。事情を知った魔法学園長が、娼館に行くことを黙認したらしい。在校生で白の魔法使いのクリスを、何としても学園に留めたいという思惑ゆえだろう……

「それで、どうして継母が刺客を送ってくることになるんだ?」

「それは……、あまりにも身勝手な継母に腹が立って思わず、16歳になり正式に伯爵位を継いだら、継母を追い出すと宣言した。弁明の手紙を送って来る継母を無視していたら、そのうち手紙ではなく刺客を送るようになったようだ。16歳になるまでに、僕を殺したいんだろ」

 何でもないように、クリスは自嘲的に微笑んだ。刺客が来たのは4度目で、一人では駄目だと思ったのか今回は二人に増えていたそうだ。やってきた刺客は、流石に殺すのは拙いので、拘束しては継母のところに転送していたそうだ。マーティンと僕が駆けつけた時も、刺客を転送した直後だったらしい。

「わかった。じゃあ、僕も刺客のことは手伝う」

「え?」

「だって、今回二人だったんだろ?次はもっとくる可能性もあるだろ?」

「そうか、なるほど、その考えはなかったな……。でも、いいのか?」

「いいさ。無理やり事情を聞いたのは僕だし、一回加勢したんだ。乗り掛かった舟だ。その代わり、娼館通いは、出来れば無くす方向で頑張って欲しいかも……、あの香水の匂い、強烈なんだよ……」

「出来るだけ、善処する、よ……」

 その後も刺客は定期的に送られてきた。二人が駄目だと三人になり四人に増え、その度に僕とクリスは嬉々として撃退した。10回目の刺客を送り返したところで、継母の資金が尽きたのか理由は定かではないが、刺客はぱったりと来なくなった。

 クリスは、継母に対するトラウマがなかなか克服できず、2年生の後期の間ずっと娼館に通う日々をおくっていた。食べては吐き、不眠になり倒れることもあった。倒れたクリスを僕がお姫抱っこして医務室に運んだのを見た女生徒が、僕とクリスが秘かに想い合っているという噂を広めているとマーティンに聞き、実際にクリスと一緒にいると、影から熱烈に見守る女生徒を確認した時は、暫く落ち込んだ。

「勘弁して欲しいよ。僕は学園で婚約者を探そうと思っていたんだ……」

 両親の馴れ初めを子供の時から聞かされ、ここで運命の人に会うことを夢に見ていた。それなのに、女生徒にその運命の相手をクリスだと誤解されるなんて、非常に遺憾だ……

「まあ、そのうち噂なんて消えるだろ。それまでは、我慢だ。クリスの状態も悪いんだ。関わらないことが出来ない以上、耐えろ……」

 マーティンの言葉に、僕は一刻も早くクリスがトラウマを克服することを祈ったが、2年生の後期が終わる頃になっても、クリスは回復することはなかった。


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