第23話 呪い返しのブローチ
「このブローチは?」
「今の状況を考えたら、狙われているのはキースだと思う。だからこのブローチを肌身離さず着けていて欲しいんだ」
クリスの説明によると、このブローチは何かをかけようとしたものが、かけようとした相手に反っていく魔術式が刻まれているらしい。危険な【呪いのしずく】だが、要はかからなければいいということだ。
「明日には、同じものを用意するから、コーディーとマーティン、もちろん僕も身につける。他の生徒に被害が及ばないように、行動は出来るだけ4人でする。学園長とは、既に話がついている」
「そう言っても、学園後期は明日の実技試験で終わるだろ?そうすれば、キースはアドキンズ侯爵邸に戻るだろ?」
「おそらく、決行するなら生徒が学園にいる明日までだろう。キースが無事なことは、学園長を通じて発表されている。今頃、犯人も知っただろう」
僕たちは、反撃できるように綿密な打ち合わせをした。
翌日、少し目の下に隈を作ったクリスが、マーティンとコーディーにブローチを手渡した。
「凄いな、クリス。あの打ち合わせの後、これを3個も作ったの?もしかして、徹夜?」
コーディーが心配そうにクリスを見たが、クリスはいたずらっ子のように微笑んだ。
「まさか、実技試験前に徹夜はしないよ。ちゃんと、君たちと同じくらいの時間には就寝したさ」
「まさか、それはいくらクリスでも無理だろ?実は、ブローチは予備が最初からあったとか、なのか?」
マーティンの言葉に、クリスは得意げに微笑んだ。
「それなら昨日渡していたさ。作る時間が無いなら、時間を止めればいい。そういう場所に行けばいいだろ?」
「時間が止まっている場所なんて、あ……、もしかして図書館の禁書庫か⁈」
僕の答えにクリスが満足そうに頷いた。確かにあそこなら、時間は止まっているから、時間のかかる作業も気にせずに取り組める。ただ、時間は止まっているが、入室している本人のやったことに対する体力や精神力は削られるはずだ。魔法の制限もあるはずなので、全ての行程を禁書庫で行うことは出来ないはずだし……
「僕のせいで、ごめん。クリス」
「気にするな。僕も時間を気にせず、研究が出来て楽しかったさ。このブローチ自体は、単純な造りだし時間もそれほどかからなかったんだ。ただ、禁書庫で気になる文献を見つけてさ。それを読んでいたら結構な時間が経っていたんだ。お陰で疲れた」
目の下の隈を見ると、かなりの時間禁書庫にいたのかもしれない。大したことがないように言っているが、きっと僕たちに気を遣わせないための方便かもしれないと思いながら、僕はクリスにお礼を言った。
「そっか。ありがとう、クリス。実技試験と作戦、上手くいくように頑張るよ」
「ああ、絶対にあいつの思惑は阻止してやろう」
僕たちはお互いの肩を抱き合いながら、不安を払拭するように鼓舞し合った。周りにいる寮生たちは、初めての実技試験に緊張した一年生が励まし合っていると勘違いして、微笑ましそうな顔で通り過ぎて行くので、僕たちは恥ずかしくなって、そのまま急いで試験会場へと向かった。
「一年生の実技試験は、属性ではなく、クラス単位で行います。各自クラスで指定された場所へ向かって下さい」
僕とクリスは指定された場所へ向かうため、マーティンとコーディーとはここで一旦お別れだ。僕たちはお互いを励ますように頷き合った。
「くれぐれも油断しないようにな。キース、気をつけろよ。クリスもな」
マーティンがポンと僕の背を叩いてから、指定された場所へと向かって行った。
「よし、行こうか、クリス」
実技試験は、ランダムに氏名を呼ばれた生徒が、指定された的を魔法で破壊する形で行われた。それぞれの属性を使って、並んだ的を正確に攻撃する。光属性、闇属性にもそれぞれ攻撃スキルはある。僕の場合は、闇魔法で的を射抜くことが出来る。光魔法でも、癒しに特化した者は、申し出て別の方法で試験を受けるようだ。
「次、クリスティアン・エイベル。属性は……、一番得意な属性でかまわない」
クリスは、闇属性以外すべての属性を持っているため、教官も属性は指定できないようだ。クリスは前へ進み出て氷魔法を発動した。的を狙うなら、氷魔法がいいと判断したようだ。氷魔法は水属性の上級魔法だ。一年生で使える者は、まだ数名ほどだ。
クリスが手を上げると、作り出された氷の剣が一斉に的に当たって破壊された。見ていた生徒たちからも、感嘆の声が漏れた。
「無詠唱か……。さすがは白の魔法使い候補、だな。なんて威力なんだ……」
教官が手元の石板を見て、瞠目していた。あの石板は、攻撃魔法の威力を数値化できるらしい。技の正確さ、威力、発動までの時間など、いろいろな要素で評価が決まるらしい。
「次は、キース・アドキンズ。前へ」
「はい」
僕はクリスと入れ替わるように前へ出た。そして、闇魔法で闇の剣を作り出した。勿論、僕も無詠唱だ。
闇の剣は正確に的を射抜き、生徒からも感嘆の声が上がった。僕は平静を装いながら、元の場所に戻った。
「次、前の二人のことは気にしないでいいぞ」
教官の声に、生徒たちが乾いた笑い声を上げた。その後も、試験は滞ることなく終了した。
襲ってくるとしたら、試験の時かと予想していた僕たちは、少しだけ拍子抜けをして教室へと向かっていた。
「今日は襲ってこないのか?それとも、そもそも盗んだ目的が違った、とか?」
「油断はしない方がいい。学園を出て領地に戻るまでは、気をつけるに越したことは……!」
クリスが何かに気づいたように振り返ったので、僕もつられて背後を見た。そこには陰気そうな男が、勝ち誇ったような顔で立っていた。
「シリル・バックス!」
僕が叫ぶのと同時に、バックスは持っていた瓶を僕に向かって投げつけた。瓶は僕に当たる寸前に砕け、中の禍々しい液体が僕に向かって降ってきた。僕は思わず目を瞑ったが、濡れる感覚は一向にやってこなかった。
「ぎゃぁぁぁ……」
バックスの悲鳴が聞こえたので、僕は目を開けて声のする方を見た。そこには、禍々しい液体を被ったバックスが、苦しそうに蹲っている姿が見えた。
「あ…そっか、ブローチ着けていたの、一瞬忘れていたよ……」
クリスが呆れたように僕を見てから、素早くバックスに拘束魔法をかけた。後から来たコーディーが、その周りに結界魔法を張り、他の生徒が液体に触れないようにしてくれた。
「とりあえずこれでいいけど、この後はどうするの?」
「学園長がもうすぐ来るはずだ。実は、僕たちは囮で、離れた所から数名の教官が見守っていたんだ」
「それは聞いてないぞ。確かに、俺たちの周りに生徒がいないのは不自然だとは思っていたが…」
「表立って生徒を囮にするとは言えないからね。偶然そうなったように見せかけたいそうだ。かといって、僕たちに丸投げするわけにもいかない。まあ、結果、見守ってはいる、そんな感じに収まった」
数名の教官が、僕たちの方へ急いで走って来るのが見えた。生徒はこの場所を避けて、それぞれの教室に誘導されているそうだ。
「まあ、これで一件落着、かな?」




