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第1話 クリスティアン・エイベルって誰だ

「キース、おめでとう。魔法学園から合格通知と新入生代表の挨拶の依頼が来たよ」

 父のマーカス・アドキンズ侯爵宛に届いた合格通知を、僕は慌てて受け取った。

「新入生代表、だけ……?」

「なんだ、嬉しくないのか?入学試験首位だぞ?」

「嬉しい、ですが、僕の目標は父さんと同じように、新入生代表と新入寮生代表の両方だったから……」

 父であるマーカス・アドキンズ侯爵が、魔法学園入学時、新入生代表と新入寮生代表の両方を代表したことは有名な話だ。そして現在、その父はこの国の白の魔法使いだ。そんな父のことを、僕は尊敬していた。


 遥か昔に神より授かった天界樹5柱に、魔物と瘴気から守られている周辺5か国には、それぞれに色を冠した魔法使いが存在する。

 北に位置するタランターレ国には、雪を象徴する色、白の魔法使いがいる。この国の魔法使いの頂点、それが白の魔法使いだ。

 父は僕の言葉に、気まずそうに微笑んだ。

「ああ、俺の時はたまたま運が良かっただけだ。両方の代表になると、いろんな奴に目をつけられるから面倒だぞ。それに、今年は学園始まって以来の魔力量を持つ者が入学予定だ。だからそんなに気に病まなくていい」

 白の魔法使いである父には、魔法学園に入学する者の情報も事前に知らされているようだ。

「父さんより魔力量が多いのですか?」

「ああ、クリスティアン・エイベル、エイベル伯爵家の息子なのだそうだ。少し特殊な環境で育ったから、キースとも面識はないだろう?」

「クリスティアン・エイベル……、確かに聞いたこともない名ですね。伯爵家の息子なら、子供同士の交流会で顔を合わせていてもいいはずですが……」

「幼い頃に魔力暴走を起こし、その後施設に入っていたらしい。それから一度も施設を出ていないから、子供同士の交流会も出ていないんだ。魔力暴走は管理が難しいから、魔力量がある親以外は仕方ない部分もあるが、魔力が安定した後も施設に入ったままだったと聞いている。彼には少し同情するよ」

 妹のオーレリアも度々魔力暴走を起こすが、母も父も優秀な魔法使いだ。特に父はこの国の白の魔法使いになれるほど魔力量が多いし、能力も高い。今も魔力暴走に悩まされているオーレリアは、体調を崩すことも多いが、両親に守られてスクスクと成長している。

「魔力量が学園始まって以来と言われるなら、魔力暴走も厄介だったのでしょう。それでも、ずっと施設に入っているなんて、信じられませんが……」

「そうだな。俺は、娘のオーレリアを施設になんて絶対に入れたくないが、魔力暴走は厄介だからな。まあ、仕方ないことなのだろう。リアは年々魔力暴走が酷くなっている。今は俺も白の魔法使いをしながら、リアを守っているが、これ以上酷くなれば職を辞するしかない。まあ、楽しみな逸材が出てきてくれて、少し肩の荷が下りた気がするよ」

 それは、クリスティアン・エイベルを次の白の魔法使いに推薦する、そういうことですか?父の顔を見て、僕は今思った言葉を飲み込んだ。きっと近い将来、それが現実になるのだと、父の顔は言った気がしたからだ。父を目標にしてきた僕は、かなり悔しい気持ちでその現実を受け入れた。


「おにいさま、いってらっしゃい。リア、おるすばんだって……」

 今年3歳になった妹のオーレリアが、ベッドの中から寂しそうに手を振った。本当は家族全員で僕の入学式に来る予定だった。リアも今日を楽しみにしていたのだ。

「残念だけど、仕方ないよ。昨日酷い魔力暴走の発作があったんだ。また何かあったら心配だから、今日は母さんとお留守番していて」

 僕はリアの頭を優しく撫でた。リアは生まれた時から魔力量が多い子供で、物心がつく頃には光魔法を使えていた。光属性の母親に似たのだろう。ちなみに僕は、父と同じ闇属性だ。

 リアは時々魔力が多いせいで、魔力暴走を起こしていた。小さな暴走だが、幼いリアには負担が大きいのか、起こす度に寝込むのだ。

 父と母が暴走を上手くコントロールして、大事にはなっていないが、リアが大きくなる度に規模も頻度も上がってきている。父がいずれ職を辞すと言っているのも、頻繁に起こる魔力暴走を抑え込むには、リアの側に常にいる必要があるからだ。

「おにいさま、ごあいさつ、がんばってね」

「ああ、リアには練習に付き合ってもらったもんな。絶対、ちゃんと挨拶してくるから、リアもちゃんと寝ているんだよ」

 可愛いリアは、ペリドットの瞳を潤ませて頷き、素直に布団の中へ入った。僕はもう一度リアの頭を撫ぜてから、父さんと一緒に魔法学園に向かうために馬車に乗った。


「父さん、リアは大きくなれば、魔力も安定してよくなるのでしょうか?」

「今は何とも言えないな。リアの魔力は一般的な暴走とは少し違う気もする。念のため、魔力を封印できる魔法陣の研究もしているが未完成だ。心配するな、どんなことをしても、娘の命は俺が守る」

「父さん……」

「ほら、今は気持ちを切り替えて、新入生代表の挨拶に集中しろ。保護者も参列するから、結構な人数になるぞ。皆を前に、緊張しないようにな」

「父さんだって、白の魔法使いとしての挨拶があるのでしょう?」

 白の魔法使いは、来賓として挨拶がある。毎年、王族も参列する。今年は王弟殿下が、祝辞をのべる予定だと聞いている。

「ああ、毎年同じことを言っているから、今更緊張しないさ」

 父さんは、僕と同じ色のアクアマリンの瞳を、パチンとウィンクした。白の魔法使いと言えば、国を代表する魔法使いだ。きっと今日魔法学園に入学する生徒にとっても、目標であり憧れの存在のはずだ。毎年同じことを言っているなんて聞いたら、ガッカリしそうだ。

 白の魔法使いだからと言って、偉そうにしない父の性格を、僕は好ましいと思っているが、一部の貴族からは威厳が欲しいと言われているそうだ。父本人は、全然気にもしていないのだが……


「クリスティアン・エイベル、どんな奴か、楽しみだ」

「はは、そう気にするな。キースはキースらしく、学生生活を楽しめばいい」

 魔法学園を前に、少し気合を入れていると、父は笑って僕の頭をぐしゃぐしゃと掻きまわした。

「ちょっと、父さん。髪、ちゃんとしていたのに、やめてよ」

 僕は慌ててピンクブロンドの髪を手櫛で整えた。少しくせ毛の柔らかな髪は、母親似だ。妹のリアも同じ髪色で可愛いのだが、僕は父さんのような金色の方が良かったと秘かに思っていた。

「ミリア似のその髪は、そんなにビシッと撫でつけず、ふわふわしている方が可愛いんだぞ」

「僕は男です。可愛くなくていいんです」

 幼い頃は、可愛い可愛いと言われ喜んでいたが、流石に僕も13歳だ。これからはカッコイイと言われたい。

 父さんに似れば、間違いなくカッコイイはずだし、母さんは社交界の華に例えられるほど美しい。どちらに似ても、僕の将来は安泰のはずだ。たぶん?


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