第18話 キースの企み
「鬱陶しい虫か。それは嫌だな」
まさか先生のことを、虫に例えているとは気づかないコーディーが嫌そうに腕を擦った。マーティンが僕を見て、クリスはニヤリと笑ったので、こちらは僕が言っている意味を理解したようだ。
「強そうな虫なら手を貸そうか?」
マーティンの言葉に、僕は微笑んでゆっくり首を振った。
「これは僕のやり方で、やらせてもらうよ。でも、ありがとう」
「キースのやり方ね……、ちょっと気の毒な虫だな」
クリスが面白そうに僕を見て笑った。僕たちの会話を聞いていたコーディーが、嫌そうな顔で僕たちを見た。
「ちょっと、もしかして虫って、誰かのことなの?駄目だよ。減点されるから……」
「大丈夫さ。バレるような方法ではしない。あくまで僕のやり方でするさ」
「……僕、キースだけは敵に回したくないよ。分かった、くれぐれもバレないようにね」
コーディーが渋々頷いたので、僕は最後の仕上げのため、食事を取ってから闇の中へ潜った。
5日後、バックスは一身上の都合で、魔法学園を去っていった。
「上手くやったみたいだな」
クリスの言葉に僕は微笑んだ。マーティンは事の真相を聞きたくて、ソワソワしている。
「お陰で寝不足だけどね。あいつの弱みを握るのに、ずっと身辺調査していたんだ……。疲れすぎて食欲もわかなくてさ、ちょっと痩せたかもな」
いくら気に入らない担当教官だとしても、生徒が教官に堂々と逆らうことは出来ない。だから僕は秘かにバックスの身辺調査をした。何か弱みがないかと探ったのだ。これで何もなければ、仕方ないと諦めるつもりだった。まあ、ただでヤラれるつもりは毛頭なかったけど……
「まさか、あいつがギャンブル依存症で、学園の金に手を出しているなんて知らなかったけどね。証拠を集めて、こっそり学園長の散歩するコースに置いておいたんだ」
同じ闇魔法のバックスを、秘密裏に調べるのは骨が折れたし、調べている間、寝不足なまま陰湿なバックスの授業に参加するのも辛かった。
「そりゃ、当然退職だな。いや、罷免か?あいつの人生終わったな」
「一身上になっているけど、学園の資金に手をつけたんだから、裁判だろうね。金を返すまで労役かな?」
「余罪は他にもありそうだから、一生労役か牢に入るんじゃないか?」
僕の言葉に、皆がそれぞれの見解を出した。誰一人として僕がしたことを責める者はいなかったことに、少しだけホッとしたのは内緒だ。
後日、僕が学園長に拾わせた証拠は、何故か僕がしたことだとバレていて、父さんが学園に呼び出された。ただ事が事だけに、僕に対する厳重注意にとどまり減点はされなかった。
話し合いの中で、学園長が父さんに急に闇属性の講師がいなくなったことをぼやいて、数回臨時講師を引き受けたことも、減点されなかった大きな要因だと秘かに思っている。
「ごめんね、父さん」
学園から帰る父を追いかけて僕が謝ると、父は少し乱暴に僕の頭を撫でて微笑んだ。
「気にするな。俺も生徒の時にあの学園長に何度も怒られたんだ。その度に親父殿が呼び出されたが、親父殿はいつも笑っていた。今、その気持ちが少しだけ理解できた気がする。子供の成長は早いものだと感心こそすれ、怒ることはない。まあ、怪我のないように気をつけろ、とだけ言っておく。ミリアとリアが心配するからな」
「分かったよ。ありがとう、父さん」
頼もしい父の背中を見送りながら、僕は心の中で次は絶対にバレないようにしようと誓った。
約束通り父さんは数回、闇属性の授業を臨時で引き受け、闇属性クラスの生徒の実力は、格段に向上する結果となった。バックスの授業は、結局生徒虐めだったと証明することになった。
ただ、闇属性の生徒は数度の授業で地獄を見、愛の鞭と虐めの差を真剣に考えることになった。
「結論、愛の鞭は実績を生み、虐めは実績なく恨みだけが残るってことかな?」
白の魔法使いの数度の授業を終え、無事に生還した生徒たちの連帯感は強固となった。次の講師も、今回のことを踏まえ、しっかりとした教官が就くことが決まったそうだ。
「すべて丸く収まったってことで、良かったってことかな」
僕は食堂でお気に入りの紅茶を飲んで、ぐっと伸びをした。クリスと昼食のため寮の食堂に来たら、コーディーとマーティンもいたので合流して午後の授業まで話し込んでいた。最近はそれぞれの専門授業が増え、なかなか4人でゆっくり昼食をする機会も減ってきた。
「落ち着いたと思ったら、次は寮対抗戦があるね」
「今年は何をするんだろう?去年は謎解き大会だったらしいけど、毎年寮長が集まって決めるんだろ?」
「ふふん。実は情報は掴んでいるんだ。おそらく宝探しらしいぞ」
「宝探し??」
毎年、学年最後の行事として【寮対抗戦】が開催される。公平を期すため、何を対抗種目にするかは、毎年寮長が集まり話し合って決めるそうだ。
金にものを言わせば、どうしても貴族の寮が有利になるし、魔法を使うと寮で力の差がどうしても出てしまう。特に今年は白の魔法使い候補になったクリスが、赤のフェニックス寮にいるのだ。
「何を探すんだ?」
「そこまでは、残念ながらまだ分からないな」
各寮の仲は、それほどいいわけでもなく、悪いわけでもない。そもそも貴族と平民で分かれているのだ。もともと活発に交流があるわけではない。
厄介なことに、対抗戦前になると自然と対抗意識が芽生えるのか小さな争いが起こる。今日も白のユニコーン寮の生徒と青のドラゴン寮の生徒が揉めていたらしい。
「最近、どこでもピリピリしていて、ちょっと気になるよね……」
「本来、寮対抗戦が始まった理由は、寮同士の交流の場を設けるためだったらしいけど、今では寮同士の対抗意識を煽っている感じになっているもんな」
「特にクリスに対する当たりが最近強くないか?俺が見かけただけでも4、5回あったぞ」
マーティンの言葉に、クリスは小さく「見ていたなら助けてくれよ」と呟いた。
「白の魔法使い候補に選ばれたのは、光栄だけど弊害が多いよ。折角上手く社交的に振舞っていたのに、敵視する奴が増えた」
面倒くさいと言いながら、クリスが溜息をついた。マーティンがそれは違うと言うように、クリスの肩を軽く小突いた。
「元々の行いだろ?見かけた奴の中に、お前のことを好きだと言っている女生徒の婚約者が混じっていたぞ」
「ええっ、そうなのか?婚約者のいる女生徒には手を出してないけどな……?誰のことかな?」
「「……」」
僕たちは、婚約者がいない女生徒には、手を出しているのか?という言葉を聞けずに飲み込んだ。僕は改めて、クリスにだけはリアを会わせないでおこうと誓った。




