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第14話 sideクリスティアン・エイベルの小さな後悔 

 キースたちの言葉に力をもらい、僕は王都から少し離れたエイベル伯爵領まで転移魔法で移動した。魔力的には、これくらいの移動は余裕だったが、6歳から帰っていない屋敷に行くことには抵抗があった。幼い頃に浴びせられた暴言の数々が、心の中に澱のように溜まっていた。


「こんな力、まるで化け物だわ。屋敷を半壊させるなんて、危ない存在をここに置いておくのは反対です」

 5歳の時に母が亡くなってすぐにやって来た継母は、6歳で魔力暴走を起こした僕を嫌悪して、父に僕を追い出すように懇願した。

 ここへ来てから、母親らしいことは一切せず、乳母に世話をさせていたのに、この機会に家からも追い出そうとしているらしい。

「だが、この子は跡継ぎだ。ここで当主としての……」

「あら、跡継ぎなら、若い私がいくらでも産めますわ。この子がいるなら、私がここを出て行きます。だって、こんな化け物がいたら怖いですもの……」

 継母の懇願を拒めなかった父は、厄介払いのように僕を国の施設に預け、結局一度も会いに来ないまま、僕は魔法学園に入学することになった。13歳まで施設にいる子供はほとんどいなかったので、この処遇がおかしいことには気づいていた。

 年に数度、執事長が施設に会いに来ては、僕の様子を父に伝えていたらしいが、継母のご機嫌を取るためなのか、直接僕に会いに来ることも、屋敷に戻すこともしなかった。

 ここ最近は、流行り病から体調が悪化して、ずっと床に臥せっていると執事長が言っていた。戻るように言われることもなかったため、僕から屋敷に戻ることは出来ず、結局一度も会っていないままだ。

 伝書蝶には急いで書いたのか、用件だけが簡単に書き連ねられていた。

『旦那様が危篤。意識混濁のため、弁護士を立て遺言を作成。奥様が何かする前に、至急戻ってきて下さい。執事長ジョセフ』

 このままでは継母が意識の混濁した父に、自分に都合のいい遺言書を作成させかねないと考えての行動だろう。執事長の家は、代々エイベル伯爵家に仕えている。僕のことを、ちゃんと後継者だと認めてくれていた数少ない内の一人だ。


 屋敷に着くと、執事長がホッとした顔で出迎えてくれた。継母は顔を出すこともなかった。

「よくお帰り下さいました。間に合って良かったです。旦那様がお待ちです。さぁ、どうぞこちらへ」

「ジョセフ、遅くなってすまない。連絡してくれてありがとう」

 少し疲れた様子のジョセフが、申し訳なさそうに微笑んだ。

「いいえ、こちらの力不足で、このような状況になるまで連絡できず、申し訳ございませんでした」

 そのまま二階の奥の間へ案内され、扉を開けると突き当りに大きなベッドが見えた。傍らには派手なドレスを着た女が立っていた。記憶にあるよりは老けていたが、きっと継母だろう。

 その横には初老の紳士が立っていた。おそらく遺言書を作成するために呼んだ弁護士だろう。僕に気づくと、紳士的に礼をした。

「旦那様。クリスティアン様が戻られました」

 ジョセフの声に、父が薄っすらと目を開けた。病気のせいかすっかりやせ細り、目は生気をほとんど宿していないような虚ろな目だ。

「……クリス、ティアン、……ああ、ナディアに、似てきたな……、爵位と領地はお前が継げ、財産も全てやる」

 苦しい呼吸の中、そう言い切ると目を閉じた。継母が焦った様に父を呼んだが、父は目を開けなかった。

「起きてください!財産を全てこの化け物にやるなんて、私は反対ですわ!旦那様!」

 何度か叫んだが、父は苦しそうに呼吸を繰り返すだけで、継母の呼びかけには答えなかった。結局それ以降父の意識が戻ることはなく、2日後に天へと召された。継母は葬儀の間も不満を口にして、弁護士に異議を申し立てたが、父が正式に書き残していた遺言書を示され、渋々引き下がっていた。

 継母は屋敷を出て、父が継母の財産遺留分として指定した領地の端にある別邸に移ることとなった。生活維持費として、今後も一定額が支給されるが、贅沢が出来るほどの金額ではない。

「こんな金額では、今までの生活ができないわ」

 継母の言葉に、僕はフッと息を吐いて軽く頭を振った。

「父の病状が悪化する中、あなたは父の看病をするのではなく、度々王都に行っては遊興し、観劇をしていたと聞きました。他にも年に数着は派手なドレスも仕立てていたとか?父が亡くなった今、あなたは未亡人だ。派手な社交をする必要もない。提示した金額は、貴族の未亡人が生活に困らない額です。不満があるのであれば、籍を抜いて実家に帰られたらいいのでは?僕とあなたは血のつながらない赤の他人ですし……」

 僕の言葉に継母は悔しそうに奥歯を噛みしめたが、言い返す言葉が無いのか、そのまま自室に籠ってしまった。その後、罵詈雑言を残して別邸へと移っていった。

「彼女に子供がいなくて助かった。もしいれば、後継者争いになりかねなかった……」

 継母を見送って疲れ切った僕の言葉に、執事長のジョセフは同意するように微笑んだ。

「いろいろと頑張った甲斐がございました」

 彼の一言に、僕はハッとジョセフと見た。彼は元々、父と継母の結婚に難色を示していたらしい。勿論執事長とはいえ表立って当主の結婚に反対することはできない。それでも、代々エイベル家に仕えてきた執事長なら、不要な争いは避けるために、継母の食事やお茶に避妊に効く薬を混ぜるくらいのことはやりそうだ。

 あくまで推測だが、僕が施設にいる間も、面会の度に「跡取りは坊ちゃまです。今はじっと耐え、来る時に備え、勉強と魔法の鍛錬を続けてくださいませ」と言い続けた。ジョセフなら、それくらいしていても不思議ではない。怖くて流石に聞けないし、聞いてしまえば罰を与えなければならなくなる。

「そうか、詳しいことは聞かないが、ありがとう」

 僕の言葉にジョセフは、満足そうな顔で微笑んだ。


 葬儀後、弁護士と共に作成した父の死亡届と爵位を継ぐための申立書を王室に提出した。正式な継承は16歳の成人した後になるが、実質的には申請書が受理された時点でエイベル伯爵を名乗ることが可能だ。

 魔法学園にいる間は、領地経営は出来ないため、執事長のジョセフを含む数名を管理人に指名し、定期的に報告をもらうことにした。そして、夏季休暇が終わるギリギリまでかかり全ての処理を終わらせた。

「お任せください。坊ちゃま、いえ、旦那様。卒業されるまでジョセフは執事を引退することなく、この領地のために尽くします。旦那様は、勉学に励んでください」

 父の代からずっと仕えてくれていたジョセフは、もうすでにいい歳だ。最近孫が生まれたと聞いたが、僕が卒業するまで現役で仕えてくれるそうだ。

「ジョセフ、頼りにしている。体に気をつけて、無理しないように」

「私はまだまだ現役ですぞ。どうぞ領地のことは安心して任せて下さい」

 ジョセフの白髪混じりの髪を見て、僕は時の流れを感じながら微笑んだ。幼い頃から唯一、この執事長だけが僕のことを心配してくれていた。預けられた施設で心を閉ざさずに、前を向いていられたのもジョセフが面会に来ては励ましてくれたからだ。

「それから、旦那様。当主になられましたので、領主夫人候補も探して下さいませ。楽しみにしております」

 ジョセフがにこにこと微笑んで期待の目を向けたので、「まだ早い!」と叫んでそのまま転移魔法を発動した。明日から新学期が始まる。


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