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第13話 湖の幽霊の正体

 マーティンがユーイング伯爵に伝書蝶を飛ばして、大人たちが到着するのを待っていると、コーディーが不思議そうに僕たちを見た。

「ねえ、さっきの男の子、見なかった?さっきまで一緒にいたんだけど、見当たらないんだ」

「いつの間にかいた少年か。そう言えば見てないな。やけに屋敷の造りに詳しかったが……」

「それなら、さっき見たけど……」

 クリスが屋敷の玄関に飾られていた小さな肖像画を指さした。どうやら家族の肖像画のようだ。父親、母親、そして男の子が2人並んで微笑んでいた。

「……あっ、この小さい子の方、さっきまでいた少年?」

 僕が指さす先で、金髪に緑の瞳の少年が幸せそうに笑っていた。

「○○月○○日、○○年夏、……15年前の日付だな?」

 肖像画の下に記入してある日付を見て、僕たちは顔を見合わせた。マーティンの言葉に、コーディーが顔色を悪くした。

「もしかして、いや、まさか……?違うよね」


 伝書蝶の知らせに、ユーイング伯爵が私兵を連れて慌ててやって来たので、僕たちは5人の男を引き渡した。

 まさか子供たちだけで無断外出した上、誘拐犯と魔法で応戦したと聞いてしまっては、成り行きとはいえ笑って許すわけにはいかず、ユーイング伯爵は苦虫を噛み潰したような顔で数刻お説教することになった。

「兎に角、これからは大人たちに相談をしてから、行動するように。怪我がなかったからいいというものではないぞ。本来魔法学園所属の生徒は、許可されていない場所で魔法攻撃することは許されていない。 今回は非常事態だったとはいえ、始末書は書かねばならん。特にマーティン、お前は知りたいという欲に負けて、友達を巻き込むとは、なんと軽率なのだ。帰ったら、当主教育をやり直さねばならんな……」

「……はい、十分反省しています。反省ついでに、一つ聞きたいのですが、この肖像画の少年は誰ですか?」

 ユーイング伯爵がマーティンの指した肖像画を見て、少し悲しそうな顔をした。

「ああ、モルトン子爵の次男だ。15年前に、この湖で亡くなったのだ。不運な事故だったと聞いている」

 自領の湖での事故なだけに、今でもよく覚えているそうだ。あの事故以来、湖の監視体制は見直され、水難事故は起こっていないそうだが、事故以来モルトン子爵家はこの別荘には来ていないそうだ。

「そうか、亡くなっていたか。じゃあ、一人で寂しかったから、出てきたのかな?」

「え、まさか、本当にさっきのあの子が、幽霊だって言っているの?」

 コーディーがギョッとして僕を見た。

「よく考えたら、あのタイミングでいきなり子供が一人増えたのに、誰も気づかないなんておかしいし、屋敷の隠し通路を知っているのも変だ。助けに来たモルトン子爵家の次男の幽霊だと考えた方が、不思議としっくりくるな」

 マーティンが僕に同意すると、コーディーはこれ以上聞かないと言うように、耳に手を当てて首を振った。

「幽霊でも亡霊でも、なんでもいいじゃないか。あいつが外まで案内してくれたおかげで、僕たちは無事に帰ることができるんだから」

 クリスの言葉に、僕たちは屋敷に向かって手を振った。

「ありがとうな」

『楽しかったね。バイバイ』

 どこからか少年の声が聞こえたような気がしたけど、僕たちは気づかないフリをして屋敷を後にした。出来ることならあの少年が、この地に留まることなく天へ旅立てることを心の中で祈った。

 誘拐犯は他の領地でも数件の事件を起こしていたらしく、そのまま衛兵に引き渡されていった。仲間の内の一人が忘却魔法を使えたようで、幽霊の噂を流して、金にならない平民の子供たちが度胸試しに来た時は、忘却魔法をかけて追い返していたようだ。

 ようやく来た貴族令息たちが、予想以上に腕が立ったため、敢え無くお縄となった。まあ、捕まって当然だが、少しだけ悪いとは思っている。僕が引きずり込んだ闇の中で、誘拐犯が半狂乱になってしまったようで、事情聴取に手間取ったと後で聞いたからだ。今後の課題として、心に留め置くことにした。


 それから3日ほどは、観光をしようと街に出たり、湖でボートに乗ったりして過ごした。旅行したことがないと言っていたクリスを、楽しませることに専念することにしたのだ。

「釣りをしたことがないクリスが一番釣るなんて、俺たちの面目が丸潰れだよ」

 マーティンが悔しそうに自分の籠を見た。今日は朝から皆で湖に行って魚釣りをしていた。

「そうだね。僕たちは毎回釣りにも来ているのにね」

 今日一匹も釣れなかったコーディーが、空の籠を持って項垂れた。僕が3匹、マーティンが5匹、クリスが10匹釣ったところで屋敷に戻ることにした。今日は釣り上げた魚を使って夕食を作ってもらう予定だ。

「なんだろう、屋敷の方が騒がしいな?」

 屋敷の門まで来ると、待ち構えたようにユーイング伯爵家の執事が僕たちの方へ急いでやって来た。

「坊ちゃま、クリスティアン様宛に伝書蝶が届いています。本日は行き先を窺っていなかったので、もう少しで捜索隊を出すところでした」

「坊ちゃまはよせと……、クリスに伝書蝶?」

「はい、魔法学園宛に届いたようですが、クリスティアン様は外出届を出されてこちらへ来られていたので、魔法学園の方でユーイング伯爵家宛に転送されたようです。内容が内容だけに、急いだほうが良いと判断して、捜索隊を……」

 クリスが執事から伝書蝶を受け取り、伝書蝶にサッと目と通して瞠目した。

「クリス、どうした?」

「父が危篤だそうだ……、執事がすぐに戻るようにと、伝書蝶を寄越したらしい」

「危篤……、急いで戻らないと!」

「……戻るも何も、あそこは僕の家じゃない。危篤の父に会ったって、どうしていいかも分からないし、継母もいい顔はしない……」

 小さい頃に魔力暴走を起こしてから、ほぼ会っていない父親が病気で療養していることは知っていたが、学園にいる間、一度も帰って来いという連絡は無かったはずだ。きっと、危篤の知らせも執事独自の判断なのだろう。どんな経緯があったとしても、クリスはエイベル伯爵家の後継者なのだ。

「そうだとしても、お前はエイベル伯爵家の唯一の後継者だろ?だから執事が連絡してきた。権利はちゃんと主張して来い。このままだと、継母にいいようにされて、後継者の権利をだまし取られるぞ。それでいいのか?そんなの悔しいだろ……」

 マーティンが悔しそうにクリスに詰め寄った。

 クリスの身の上を知っている僕たちにとって、エイベル伯爵が危篤であっても何の感傷もなかった。ただ、このまま知らない間に墓に入れられ、継母に遺言を都合のいいものに書き替えられるのは我慢できなかった。そうなってしまえば、クリスは屋敷も領地も奪われ、貴族の身分もなくなってしまうかもしれない。

「そうだな。父に会いたいわけではないが、後継者の権利をみすみす奪われるのは癪だな。わかった、このままエイベル伯爵領へ向かうよ」

「何かあったら、僕たちに言って。絶対に力になるから」

 クリスが僕たちを見て頷いた。「頼りにしている」そう言い残して、クリスは転移魔法で消えた。


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