第12話 度胸試しと湖の怪人
「なあ、明日の晩は度胸試しに行かないか?」
夕食の席で、マーティンが僕たちにそう切り出した。どうやらここ最近、湖で幽霊や亡霊が出ると噂されるようになり、子供たちが度胸試しに行くことが流行っているらしい。
「ええっ、幽霊とか亡霊なんて、僕は会いたくないんだけど……」
コーディーが嫌そうに首を振ったが、僕は少しだけ興味が湧いた。今までに、そのような存在に出会ったことはないし、会えるなら会ってみたかった。
「そんなものはいないだろ?マーティンは信じているのか?」
クリスが興味なさそうに、肉を切りながら言った。
「いや、信じてない。ただ、急にそんな噂が広まったから、怪しいと思っているんだ」
「急に広まったのか。昔からあるとかではなくて?」
「この夏、急にそう言われだした。この時期は観光客も増えて、大人たちは忙しいから気にもしていないが、子供たちが度胸試しで湖にある古びた屋敷に行くそうだ。不思議なことに、子供たちはその時の記憶を一部なくすらしい。それで亡霊の仕業だと信じるものが増えているみたいだけど、どうも気になるんだ」
「記憶喪失?それは不思議だね。本当に幽霊や亡霊の仕業ならいいけど、違うなら問題だね」
「特に予定はないから、行ってもいいよ。あまり遅くなると、僕は眠くなるから困るけど……」
コーディーは、夜遅くまで起きているのが苦手で、9時を過ぎると眠くなるそうだ。
「大丈夫だ。7時ごろ行こうと思っている。8時には帰れるだろ?クリスとキースもそれでいいか?」
「ああ、いいよ。幽霊や亡霊に会えるといいな」
クリスが呆れたように溜息をついたけど、僕はにこにこと微笑んだ。
翌日の夕方、僕たちはそっと屋敷を出た。湖はマーティンの屋敷から歩いてすぐのところにある。そこから更に森の奥に進んで行くと、今は誰も住んでいない廃墟になった古い屋敷が見えた。確かに幽霊や亡霊がいそうな雰囲気だ。魔法式のランタンを持って、僕たちは屋敷の中へと入っていった。
「ねぇ、幽霊が出たらどうしたらいいのかな?」
コーディーが不安そうに僕たちを見た。僕はランタンの明かりで屋敷の中を見渡しながら、怯えるコーディーの肩を叩いた。
「その時は、友達になればいいさ」
「そうだな。それはいい考えだ」
マーティンの相槌に、クリスは嫌そうな顔をしたけど、コーディーは少しだけ表情を明るくして微笑んだ。僕の考えが正しければ、ここにいるのは幽霊ではなく、他の目的を持った輩だと思うのだが、それをあえて今言う必要は無いだろう。
「杞憂ならいいけど、もしもの時は対処しないとね」
僕の呟きに、マーティンとクリスが静かに頷いた。しばらくは世間話をしながら、屋敷の中を見て回ったが、それらしきものは現れなかった。
「亡霊も幽霊もいなさそうだね。そろそろ帰ろうか?コーディーが眠くなると困るし……」
僕たちが来た道を帰ろうとしていると、背後から人の気配がした。
「おお、やっと貴族の子息っぽいのが来たぜ。平民の子供ばかり来るから、ここはハズレかと思っていたけど、身なりからすると期待できそうだな。全部で5人か」
男たちの濁声に僕たちは別の意味で驚いた。
「5人??」
僕たちの隣には、先ほどまでいなかった少年が立っていた。僕たちよりは年下の金髪で緑色の瞳をした少年だ。4人の中に面識のあるものはいないようで、皆が不思議そうに少年を見た。
「あ、ごめんね。楽しそうだったから、つい、ついてきちゃった」
人懐っこそうな顔で少年が笑ったが、僕たちはそれどころではなかった。
「どうする?思ったより男たちの数が多い。このまま撤退するか?」
見るからに屈強そうなガラの悪い男が5人、こちらを観察するように見てきた。どうやら貴族の子供を狙った誘拐犯のようだ。
「戦うにしても、この部屋は狭いから、下手したら僕たちも巻き込まれるな。せめてもう少し広い場所ならどうにでもなるのに……」
クリスが嫌そうに言うと、見知らぬ少年が僕の袖を引っ張った。
「僕について来て、こっちだよ」
そう言って少年は僕たちが立っていた側の壁の一部をグイッと押した。壁は一部が折れ曲がるように開いて、奥には薄暗い通路が見えた。
「隠し通路か……」
少年が迷うことなくその通路に入ったので、僕たちは少年の後を追って通路に入った。子供の僕たちには広い通路でも、屈強な男たちには狭いようで、後ろの方から怒鳴り合う声が聞こえてくる。なかなか追いついて来られないのか、声はまだ遠くから聞こえてきた。
ランタンの光を頼りに進んで行くと、突き当りに小さな扉が見えた。少年は扉のある壁の一部を、迷うことなくグイッと押した。鍵の外れる音がして、僕たちは扉の外へと出ることが出来た。
「ここは、初めに入った部屋か……」
「よし、じゃあ外へ出て、男たちを迎え撃とうか。コーディーはこの子と後ろにいて、防御魔法をお願い」
「わかった。皆、気をつけてね」
「おう、任せとけ」
マーティンは風魔法を展開しながら手を上げた。僕は闇魔法を張り巡らせ、クリスは氷魔法で沢山の剣を空中に浮かせた。
「クリス、殺しては駄目だからね」
「分かっている。死なない程度にやる」
少し不安になったが、僕たちはどかどかと外に出てくる男たちの足音で前を向いた。
「逃げなかったのは偉いな。貴族の坊ちゃんに俺たちが倒せるのか?せいぜい頑張って、楽しませてくれよ」
ボスらしき男がにやりと笑って、炎を手の平に集めた。どうやら魔法が使えるようだ。他の男は手にナイフや剣を構えているので、魔法は使えないようだ。
僕たちはコーディーと少年を守るように前へ出た。薄っすらとコーディーの魔力を感じた。防御魔法が僕たちを守ってくれているようだ。休暇前より安定しているように感じたので、きっとコーディーも休暇中、練習していたのかもしれない。
「クリス、炎の奴任せていいか?僕は向かって右の二人、マーティンは左の二人でいいか?」
二人が頷いたのを見て、僕は闇魔法を右の二人に向かってそっと放った。男たちの足元の影が濃くなり、そのまま闇の中へ引きずられていく。数刻もすれば、気を失うか発狂するだろう。
「キース、無詠唱で出来るようになったんだな」
クリスの声に、僕は誇らしげに微笑んだ。その間にもクリスの氷の剣が炎を打ち砕いていく。相変わらず圧倒的な魔法攻撃だ。ボスらしき男は、そのまま氷の剣に体を撃ち抜かれ気絶したようだ。
「こっちも終わったぞ」
マーティンの風魔法が、男たちの服を切り裂いて、そのまま風の魔法で拘束していた。
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