第11話 僕の可愛い妹
リアは産まれてすぐに、魔力を暴走させ死にそうになった。僕はその当時10歳だった。
お産自体は大きな問題もなく安産だった。連絡を受けて仕事先から駆けつけた父さんと一緒に部屋に入ると、5時間ほど陣痛に苦しんだ母さんがベッドの上でレースのおくるみに包まれた妹を抱いて微笑んでいた。
「キース、妹のオーレリアよ、可愛いでしょう?」
「妹、オーレリア。うん、可愛い。僕がお兄ちゃんだよ」
僕が手を差し出すと、妹は小さな手で僕の指を握った。薄っすらと瞳を開けている。母さんと同じペリドット色の綺麗な瞳だ。
「ミリアと同じ髪色と瞳だな。きっと大きくなったら美しい娘になるのだろうな。今から婿になる男をいびり倒したい」
「ふふふ、マーカス。少し気が早いわよ」
両親が微笑みあい、妹も無事に産まれて、とても幸せな時間だった。それから5日後、突然オーレリアが魔力を暴走させたのだ。
ちょうどオーレリアに授乳していた母さんが、すぐに異変に気づいて父さんに伝書蝶を飛ばした。
「オーレリアっ、お願い、目を開けて」
母さんの悲痛な声に、隣の部屋にいた僕は慌てて子供部屋に飛び込んだ。最初に目に入ったのは、ぐったりとした妹を抱きしめる母さんの姿だった。おろおろとする乳母を押しのけて、僕は母さんたちに駆け寄った。
「どうしたの⁈オーレリアに何かあったの?」
「ああ、キース。魔力暴走を起こしたようなの……今、マーカスを呼んだから、きっと……」
「ミリア、大丈夫か⁈」
影の中から父さんが現れて、直ぐに母さんとオーレリアに近づいた。母さんの腕からオーレリアを受け取ると、ベビーベッドにそっとオーレリアを寝かした。
「確かにこれは魔力暴走だ。まさか生まれて間もない娘にこんなことが。すぐに手当てをするから、ミリア以外は退室してくれ」
僕はどうすることも出来ずに、そのまま部屋の外で待つことにした。長い時間に感じたが、それほど長くなかったのかもしれない。
「キース、ずっと廊下にいたのか?」
父さんの声で、僕は俯いていた顔を上げた。疲れた様子の父さんが僕の頭を撫でた。
「オーレリアは?」
「ああ、大丈夫だ。今は落ち着いている。数日は体力が落ちているから、ミリアが癒すことになるだろう」
「そうか、早く元気になるといいな。一緒に遊べるようになるよね?」
「ああ、大丈夫だ。ミリアの光魔法は一流だ。すぐに良くなるさ」
その夜、僕はなかなか寝付けなくて何度も寝返りを打った。喉の渇きを覚えて、水を飲もうとベッドから出て食堂へ向かおうとしたが、途中の部屋から父さんと母さんの声が聞こえて立ち止まった。
「もしかしてオーレリアは聖女なのかしら?」
母さんの言葉に、僕は驚いてそっと扉に耳を当てた。
「いや、ガレア帝国に嫁いだタランターレ国の聖女様が、力を失ったという報告は受けていないよ。あの国は色々と秘密主義な国だけど、流石に聖女が守護印を失ったなら、次代の聖女を探すように連絡はしてくるはずだからね」
「そうよね。聖女様に選ばれると、手の甲に天界樹の守護印が現れるのよね?オーレリアには無かったわ」
「そうだよ、流石に産まれて間もないのに、守護印は現れないさ。前例はないこともないらしいが、聖女は一人と決まっているはずだ。現在聖女がいるのだから、次代の聖女になることはあっても、今すぐではないさ」
「そうね。次代は分からないわね。ガレア帝国の花嫁になる運命なんて、この子には背負わせたくないわ」
二人の会話が途切れたので、僕はそっと扉から離れて部屋に戻った。喉は先ほどより乾いていたが、水を飲む気になれずに、そのままベッドに入り目を瞑った。
守護印が妹に現れたら、その時点でオーレリアはガレア帝国に差し出される。最近家庭教師に習った歴史で、その事は知っていた。
ガレア帝国にある「始まりの天界樹」の苗木から、周辺4カ国は起こった。苗木が天界樹へと育ち、現在の国になったのだ。天界樹は瘴気と魔物からそれぞれの国を守っている。
その樹に選ばれた者を聖女という。聖女は「始まりの天果樹」があるガレア帝国に、帝王の花嫁として差し出されることが決まっていると家庭教師は言っていた。
帝王の花嫁は、「始まりの天界樹」に祈りを捧げる。その祈りが、それぞれの天界樹にも力を与えて、守護の結界になる。結界がなければ、瘴気と魔物が国を脅かすのだから、聖女はガレア帝国に差し出すしかない。
「そんなの、いやだ。僕の妹なのに……」
それからも頻度は少ないが、オーレリアは魔力暴走を起こすようになった。起こす度、僕はドキドキしながらオーレリアの手の甲を見たけど、そこに天界樹の守護印は現れなかった。
1歳になり、よちよちと歩けるようになったリアは、僕の後を追って来るようになった。庭に出て花を見たり、木にくくりつけたブランコで遊んだり、魔力暴走がない日は元気に遊ぶことが出来た。
それでも一か月に数回、小さな魔力暴走を起こし、年に数回大きな魔力暴走を起こす。魔力操作に未熟な子供は、軽い魔力暴走を起こすこともあるが、リアの様に回数は多くない。僕も小さい頃に起こした記憶がある。あの時は本当に苦しかった、その記憶だけでも辛いのに、小さなリアは、何度もそれを経験しているのだ。
「必要ない、帰ってくれ!」
父さんの大きな声に、庭でリアと遊んでいた僕は、声のした方へ視線を向けた。屋敷の大きなエントランスに、数名の見知らぬ大人が立っていた。
「……自分の娘のことは俺が何とかする。白の魔法使いの名にかけて、大きな暴走など起こさせないし、死なせるようなことはしない。果たすべき役割もちゃんとこなす。国王陛下にもそう伝えてくれ」
「わかりました。我々の出番は無いと、陛下にもお伝えいたします」
大人たちは父さんに礼をして去っていった。後で聞いたら、リアを国の施設に入れないかと言われたそうだ。リアの様に魔力暴走を起こす子供は、施設に入れて管理するそうだ。いつ起こるか分からない魔力暴走に、一般的な家庭では対処できないからだ。処置が遅れれば命に係わることもある。
施設に入ると言っても、一生ではなく、成長して魔力が落ち着けば家族の元へ帰されるらしい。
「確かにそういう施設があって、助かる子供の命があるのも知っている。でも、俺は自分の娘をその施設に送ることはしたくないんだ。だからキースも協力してくれるか?」
僕は父さんに同意した。絶対にリアを知らない人たちしかいない場所に行かせたくなかった。それからは全てのことがリア中心になったが、僕に不満は無かった。
「おにいちゃま、だいすき」
可愛いリアが僕に笑いかけるだけで、僕はそれ以外のことは我慢できた。例え家族で旅行に行けなくて、一人で参加することになっても、リアさえ安全なら良かったのだ。
僕が一人で参加するようになってから、夏にマーティンの領地に泊まるときはコーディーも同様にそうするようになった。その後、他の令息たちも親を伴わず、子供たちだけで参加することが流行ったらしい。




