第9話 1年生の夏季休暇
「おにいさま、おかえりなさい。あいたかった」
昨晩大きな魔力暴走を起こしたリアは、青白い顔色でベッドに横たわっていた。父さんと母さんが素早く対処したため命に別状はないそうだが、3日ほどは安静にしていなければならないそうだ。最近は魔力が不安定になっており、リアから目が離せないそうだ。
「僕も会いたかったよ。元気になったら沢山遊ぼうな」
「うん。たのしみ」
「ほら、もう少し寝ていて。父さんと少し話してくるから」
4歳になったリアは、外で遊ぶことも大好きな子だ。そんな妹が、歳を重ねる度に魔力暴走の発作の頻度が増しているのだ。僕が思っている以上に、良くないことが起こっているような気がして、不安に襲われて泣きそうになった。
僕のそんな不安をリアに気づかれないように、そっとリアの頭を撫でてから部屋から出て、そのまま父さんの書斎に向かった。
「父さん、ただいま」
「ああ、おかえり。成績表、こちらにも届いていたよ。首位キープしたそうだな。頑張ったな。……それにしては浮かない顔をしているな」
書斎の机に置いてあった証明書を持ち上げて、父さんが僕を見たが、泣き出しそうな僕に気づいてこちらに寄ってきた。
「リアに会ってきました……」
すぐに僕の不安に気づいたのか、父さんは僕の頭をぐりぐりと勢いよく撫でた。
「そうか、大丈夫だ。俺がついているって前にも言っただろ?……だが、頻度が上がっているのは気になっている。その事もあって、そろそろ俺の後継者を指名しておこうかと思っている」
「後継者って、白の魔法使いの、ですか?」
「ああ、引継ぎに時間もかかるから、後継者を指名して引継ぎを行い次第、俺はミリアとオーレリアを連れて領地に籠ろうと思っている。陛下には既に打診している。難色を示されたが、説得中だ」
「後継者の候補は決まっているのですか?」
「今、魔法研究所の職員が選定した候補が数名上がっている。陛下の承認を得て、最終的には俺が指名する予定だ。問題は、陛下がまだ俺がするべきだと言って、候補者選定に乗り気でないことだな。まあ、最終的には認めてもらうつもりだが……」
「その中に……」
クリスティアン・エイベルは入っていますか?そう聞きたくて、でも聞きたくなくて僕は言葉を飲み込んだ。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません。決まるのはいつ頃ですか?」
「そうだな。早くても2か月後、遅くなれば半年かかるか。それ以上は待てないから、そうなれば少し強引に決めようと思っている」
今のリアの状態では半年以上は待てないと、父さんが考えているのだと理解した。
白の魔法使いは天界樹の管理を担い、王都を離れることは難しい。タランターレ国の魔法使いの代表のため、常にリアを優先して側についていることは不可能だ。
父さんは闇属性、母さんは光属性、光属性のリアの魔力暴走を抑えるには、父さんの闇属性の方が相性的にもいいそうだ。
小さい頃から、白の魔法使いである父さんを目標に頑張ってきた。いつか後継者になれればと、夢見ていた時期もあった。ある程度大きくなって自分の実力の限界を知った時に、潔く諦めた。
しかし、同じ歳のクリスティアン・エイベルに出会って、圧倒的な実力差を思い知ったのに、今はクリスに負けたくないと思っている自分がいる。
「父さん、僕にも魔力暴走を抑える方法を教えてもらえませんか?もしもの時、僕も少しでも力になりたい。それに、魔力制御が出来れば、僕のスキルが上がる。この夏で、少しでも出来ることを増やしたいです」
「分かった。夏季休暇の間に、闇魔法と一緒に制御の方法も教えよう。お前がいてくれれば、もしもの時も安心だ」
父さんは嬉しそうに僕の頭をぐりぐりと撫でた。申し出たのは制御魔法で、闇魔法ではなかった。入学前の厳しい修行を思い出し、僕は少しだけ憂鬱な気持ちになって遠い目になった。
「まずは今の闇魔法のレベルの確認だ。ある程度出来ていれば、制御魔法を教えよう。基本は闇魔法で、その応用で制御魔法を使うからな。闇魔法がレベル以下なら、進めないから覚悟してついて来いよ」
自分で言い出したことを、後悔しなかったと言えば嘘になる。父さんの厳しい特訓に音を上げそうになりながら、それでも歯を食いしばって何とかついて行けたのは、クリスに負けたくないという自分でもよく分からない感情のお陰だった。
「クリスティアン・エイベルは、キースのいい刺激になっているようだな。ライバルがいて良かったな」
訓練がひと段落ついた時に、父さんが僕に水を差し出しながら嬉しそうに微笑んだ。
「え?」
「気づいてなかったか?追い詰められる度に、クリスに負けたくないって呟いていたぞ。無意識だったのか?」
闇魔法は精神的に追い詰められることが多かった。前も後ろも分からない暗闇の中で、精神力だけで平常心を保つことが求められる。きっと自分を鼓舞するために、無意識に呪文のように呟いていたのかもしれない。僕は恥ずかしくなって、父さんの差し出した水を一気に飲み干してむせて咳き込んだ。
「ごほごほっ、べ、別に、そういうつもりではなかったです……」
「そうか?それで、クリスティアン・エイベルはキースから見てどんな人物だ?」
「友人として言えば、いい奴です。少しとっつきにくい部分が初めはありましたが、4人グループになってからは、マーティンとコーディーとも上手く付き合っています。施設でかなり酷い状況だったはずなのに、幼い頃から自己防衛出来ていたようですし、順応力は高いです。少し性格に問題があるところもありますが、上手く隠していますよ」
「なるほど、いい性格をしているようだな」
クリスは容姿が抜群にいいため、思いを寄せてくる女生徒はかなり多かった。初めは迷惑そうに断っていたが、それでは学園生活が上手くいかないと分かると、当たり障りのない態度で適度に距離を取り上手く立ち回った。決して思わせぶりな態度はとらず、それでも嫌われない程度に愛想よく接していた。
結果的に、彼は高根の花として女生徒皆の憧れの的となり、誰のものにもならない遠くから見つめ崇められる存在になったのだ。
どちらかと言えば脳筋タイプで真面目なマーティンは、そんなクリスに腹を立てることもあった。それでも不思議と馬が合うのか、仲はいいのだ。
「何が高根の花だ。クリス、この前首にキスマークついていたじゃないか。誰とも付き合ってないって」
「付き合ってはいないよ。お互い割り切れる相手となら、たまにそんなことになっているだけで……」
「まさかこの前一緒にいた、男子生徒の憧れセリーヌ先輩も……、おい、何だよ、その意味深な微笑みは⁈お前、まだ14歳だぞ。乱れ過ぎだ、羨ましい……いや、違う、駄目だ、絶対に駄目だからな!」
ふと、二人の会話を思い出して遠い目になってしまった。




