第九話 はじめまして、新規パーティーさん
冒険者ギルドの掲示板の前で、私は小さく息を吐いた。
(“回復役求ム”、か……)
どの依頼も似たり寄ったりで、報酬はどれも安い。
私はまだ踊り子レベル5。肩書きは「元勇者パーティー」として登録されたけれど、誰もそんなものを信用してくれなかった。
(でも、私が生きてるのは、みんなが命をくれたからだ)
私は掲示板を背にして、ギルドの掲示室を出た。
外に出ると、昼下がりの陽気と、通りの騒がしさが迎えてくれた。
広場では即興バトル大会のような催しが行われていた。腕試しと称して、旅の冒険者たちが殴り合い、蹴り合っている。
私はふと、足を止めた。
その中に、異様にふわふわした少女がいたからだ。
ピンクのふりふりロリィタドレスに身を包んだ猫耳少女。
赤茶のポニーテールがくるりと揺れ、薄桃の瞳が獲物を狙う獣のように光っていた。
でも、見た目の可愛さに油断した冒険者が、次の瞬間——
「喰らえぇぇえにゃあっ!!爆脚旋風ッ!!」
ぐるんと回転して放たれたその一撃で、大の男が三人吹き飛んだ。
「……」
ぽかんとしている私に、ふりふり猫耳がドカドカと近づいてくる。
「まさかその格好、おまえ、踊り子かにゃ!いい筋肉してるにゃ!」
「筋肉はそんなにないです!!」
「今のあたしには見えるにゃ、気の流れが……こいつは強くなるにゃ!勝負にゃ!」
「話聞いて!!」
美怜は、その猫耳ロリィタに腕を掴まれ背負い投げされた。
もちろん、意識は途絶えた。
「……ん」
目を覚ました美怜が見たのは知らない天井。
薄暗い宿の一室。小さなテーブルに並ぶのは——
泣きそうな顔でおどおどしている白髪赤目の少年、
金勘定をひたすらしている黒髪僧侶、
そしてどかりとソファに沈む猫耳ピンクロリィタ。
(なにこの空間……)
「……あの、ごめんなさい……ティナさんがご迷惑を……。えっと、僕たち、変な者じゃないので……あの……」
おずおずと白髪赤目の少年が詫びる。
「その言い方が一番あやしいです……」
僧侶の男が一瞥を寄越した。
「妙なやつ拾ってきやがって……で、あんた、身元は?仕事は?ステータス証明ある?」
「……踊り子です。ライアスという名の勇者がいたパーティー所属です。……けど、壊滅しました。魔王にやられて。生き残ったのは……私だけです」
部屋の空気が止まった。
少しの沈黙のあと、泣きそうな顔の少年がぽつりと口を開いた。
「それは辛かったね……僕らも、最終目的は魔王を倒すことなんだ」
「……え?」
「……よかったら、うちに来ない?今、ちょうど仲間を……探してて……」
彼の瞳は、どこまでも弱々しくて、自信なんてひとつもなさそうで。
でも——
その声だけは、嘘じゃなかった。
「……もしかして、あなたが、勇者?」
「うん……いちおう、そうなんだと思う。でも……自分に自信なくて……それでも、やらなきゃいけないから」
私はしばらく、考えて、それから——頷いた。
「……分かりました。私でよければ」
ティナがガッツポーズする。
「やったにゃ!女子がふえたにゃ!」
「お前の基準それしかねぇのか……」
僧侶がぼやいた。
でも、どこかで私は、思っていた。
(次は——守れるかもしれない)
もう一度、戦場に立つ。
もう一度、踊る。
その理由を、自分の中で見つけるために。
こうして、私はまた旅に出る。
壊滅パーティーの生き残りとして。
そして、次の戦いに、また“踊り”で挑む者として——。