第八話 踊り子、ひとり
森の外。街の南門の傍、まだ日も高いはずなのに、世界は灰色に見えた。
私は泥にまみれたまま、うずくまっていた。
呼吸ができない。泣くことも、叫ぶこともできない。ただ心臓が痛い。
——ガイアが血を流していた。
——ライアスが倒れた。
——リュミナが、私を逃がして、刺されて——
「……やだ、やだよ……!」
しゃがみ込んだ手が、震えている。頭の中はぐちゃぐちゃで、映像だけが繰り返し再生される。
ガイアの背が崩れ落ちた瞬間。
ライアスのマントが赤く染まった瞬間。
リュミナが魔法を唱える直前に、私に言った——
“踊り子が……戦場にいる意味、見せてやりなさい……!”
「……無理だよ……無理に決まってる……っ!」
私が何をできたっていうの?
踊ることしかできない私が。
魔法も剣も使えない私が。
“勇者パーティーの踊り子”なんて、まるで飾りみたいな存在だったくせに。
それでも、腰の鈴が、また鳴った。
——チリン。
それは、幻覚を振り払ってくれた音。
戦場に立って、みんなの背中を守るために、リュミナが託してくれた音。
「……リュミナさん……」
私はようやく、涙をこぼした。
悔しくて、悲しくて、胸が張り裂けそうで。
でも、泣いた先に、ふと浮かんだのはライアスの顔だった。
"報酬は保証するし、もし君が踊ってる間に敵が君に攻撃しようとしたら、僕が絶対守る"
その言葉を、私は信じてしまった。
彼らは本当に、私を守ってくれた。私ひとり、何もできなかったのに。
……私は、ひとりになった。
でも、生き残った。
彼らの代わりに。
だから——
「……助ける。絶対に……!」
立ち上がる。
足は震えている。でも、止まらない。
皆が倒れたあの森に、もう一度戻るには。
私は私の方法で、戦える術を手に入れなきゃいけない。
その夜、私は街に戻り、お世話になった宿に顔を出すことなく裏通りの安宿に身を寄せた。
血と泥の臭いが服から消えない。
でも、あの燕尾服だけは脱げなかった。
これを脱いだら、自分が誰か分からなくなってしまいそうだった。
ボロボロの部屋の片隅、私はひとり、立ち上がってみる。
誰もいない空間で、ステップを踏む。
——呪いの蝶ステップ。
ひとりで練習するたびに、リュミナの声が蘇る。
「タイミングが命よ。敵の攻撃に、ぴたりと合わせなさい」
「変なポーズでも、魔力は出せる。動きに意味を持たせなさい」
私は何度も失敗して、転んで、息を切らして、それでも——踊った。
生きているかもしれない仲間を、もう一度迎えに行くために。
魔王の正体も、あそこにいた理由も何も分からない。
でも、それでもいい。
私にできることは、踊ることだけだ。
この世界で、“踊ること”が“戦い”に変わるのなら——
私は、その意味を、命を懸けて証明してやる。
翌朝。
私は新しい求人を探すために、冒険者ギルドを訪れた。
次に必要なのは、仲間と、力。
美怜の冒険が、ここから本当にはじまる。