第七十四話 セリオの決断
セリオが倒れ伏した平原に、静寂が戻っていた。
美怜は、血と泥にまみれた彼の姿をじっと見下ろしながら、唇を噛みしめていた。
「……このまま、置いていけない」
ふと漏れたその声に、カイルが振り返る。
「ミレイ……?」
「この人は、ただ敵だったわけじゃない。……彼も、あの人のことを……魔王のことを、本当に愛してた。だからこそ、苦しんでる」
美怜は膝をつき、セリオの乱れた髪にそっと触れた。冷たい風が吹き抜ける中、その指先は震えていた。
「彼だって……見届けなくちゃならない。アルと“魔王”の行き先を、自分の目で」
カイルが短く息を吐き、セリオをそっと背負う。
「了解。……こうしてる間にも、アルの封印を解く準備が進んでる。急ごう」
ツカサとティナも、何も言わずに頷いた。
——そして、その夜。
平原の外れにある小さな林の傍、焚き火の灯りが揺れる。
乾いた薪がはぜる音と、遠くの虫の声だけが響く中、美怜たちは簡素な野営をしていた。
その静けさの中——
「……っ……う、ぐ……」
うめくような声が、カイルの背中のテントから漏れる。
美怜がすぐに駆け寄ると、セリオがゆっくりと目を開け、荒く息をついていた。
「……俺は……」
辺りを見回し、仲間たちと焚き火の灯を認識した瞬間、セリオの目が警戒と敵意に染まった。
「……離れろ……俺に構うな……っ!」
彼は地面に手をつき、立ち上がろうとする。しかし、体は思うように動かず、膝をついたまま震えている。
「もういい……近寄るな……!」
「セリオさん」
美怜は、静かに彼の前に膝をついた。
「私たちがあなたにしたこと、敵として戦ったこと……許してほしいなんて言わない。でも、それでも私は——」
そっと自分の胸に手を置いて、まっすぐに彼を見つめる。
「“魔王”も、助けたいの。あなたが大切に思ってきた、あの人を」
セリオは言葉を失ったように、美怜を見つめる。
「あなたがあの人をどれだけ大切にしていたか……今日、戦って、痛いほどわかった。だからこそ、あなたにも、見届けてほしい」
「……見届ける……?」
かすれた声が、宙に溶ける。
「そう。アルと魔王……どちらかじゃない。両方。私たちの前にいる“その人”の、本当の姿を」
美怜の声は揺らがなかった。優しさと覚悟が、そこにはあった。
セリオは小さく嗚咽を漏らした。震える手で顔を覆い、しばらく何も言わなかった。
そして——
美怜の握るアルの杖を見据えた。
「……あの人がその杖の中に……本当に、いるんだな」
「うん。いるよ。だから、一緒に確かめよう」
セリオは、やがて力なく頷いた。
「……分かった。……魔王様の声が、もう一度聞けるなら……俺は、どこへでも行く」
その言葉に、美怜はそっと微笑んだ。
夜空に瞬く星の下で、一つの確かな絆が芽生えていた。
そして、夜が明ければ——いよいよ、アルの封印が解かれる運命の地へと、彼らは歩みを進めるのだった。




