第七十二話 激昂する蠱惑の牙
……そして、時を同じくして——
魔王城地下、かつて「謁見の間」と呼ばれた空間に、四人の気配が集う。
魔王が去って以来、虚ろになった玉座を囲むように、黒衣の影たちは互いに顔を合わせていた。
「——彼らを観測することにしました」
最初に口を開いたのは、《微笑の執行者》ドナード・ルクス。
変わらぬ微笑をたたえたまま、椅子に腰掛け、悠然と紅茶を啜っていた。
「観測……?本気で言ってるのか、ドナード」
鋭い視線を向けたのは、《焔獄の武帝》ヴァルグラド・リンエン。全身から熱を帯びた覇気を迸らせ、拳を軽く鳴らしていた。
「あなたが“情”を語る日が来るなんて、私でも想像できなかったわ」
《氷艶の魔姫》リミエル・グラティエが扇子で口元を隠しながら、冗談のように告げる。だがその目は、珍しく驚きに見開かれていた。
「ふふ。誤解しないでください。私は、温情など持っていません。ただ——魔王様が“心”を持ち、それに導かれて“アル”様という存在を作ったのなら……杖に封印された魔王様とアル様がどうなるか……行く末を見届けるのは、執行者としての義務だと思ってね」
「俺も同意だな」
ヴァルグラドが腕を組む。赤く燃える瞳が、一瞬だけ柔らかく揺れた。
「ミレイたちは、確かに強かった。そして何より……信念があった。情報提供に協力したのも、彼らに“力”があると見込んだからだ」
「私も、少しだけね」
リミエルが優雅に笑い、青銀の髪を揺らす。
「ミレイの踊り、なかなか気に入ったの。あの娘、ただ“戦う”だけじゃないわ。“魅せる”という意志がある。だから、彼女には小さなヒントをあげたの。ほんの遊び心よ」
静まり返る空間に、足音が響く。
それを切り裂くように、怒声が炸裂した。
「ふざけるなッ!!!」
扉を力任せに開き、乱入したのは《蠱惑の牙》セリオ・ヴェリエ。
かつて魔王に拾われ育てられた、唯一の人間の四天王。かつての少年の面影を残したまま、だが今やその目は怒りに燃えていた。
「魔王様への忠誠はどうした!心?観測?同情!?馬鹿も休み休み言え!!」
他の三人が黙して見守る中、セリオは叫び続ける。
「俺は違う!俺だけは、誓ったんだ……“魔王様”を、アルから取り戻すって……!」
その叫びは、痛みと裏切りに満ちていた。
誰よりも近くにいたからこそ、誰よりも“魔王”でなくなることが許せなかった。
「……貴様らが変わったのなら、いいさ。勝手に見届けるといい。だが、俺は違う。俺は——魔王様を“救う”!」
怒りの任せるままセリオは魔王城を飛び出していった。
静まり返った部屋に、残された三人が視線を交わす。
「……あの子、あんなに“怒った顔”をするようになったのね」
リミエルが、ほんの少しだけ哀しげに呟く。
「一番愛してたんだ、魔王様のことを。だからこそ、一番認めたくなかったのだろう」
ヴァルグラドがため息をつく。
ドナードが紅茶を置きながら、静かに立ち上がる。
「さて……この先の物語が、どこへ辿り着くのか。観測者として、最後まで付き合おうじゃないですか」
炎、氷、闇——そして、消えた毒。
四天王たちもまた、運命に引き寄せられるように、それぞれの道を歩み始めていた。
すべては、“彼”の心が選ぶ結末へ向かって。




