第七十話 執行者の心
四人の想いが交錯し、攻撃が一点に集中する。
ツカサの刀が煌めく刃となり、ティナの拳が空を震わせ、カイルの祈りが光の奔流を生み出し、美怜の舞がすべての流れに調和を与える。
——そして。
「《四律合斬》!」
全員の技が重なった一撃が、ドナードの《支配領域》を貫いた。
空間が悲鳴を上げ、支配の法が砕ける。
天井の茨が崩れ、闇の羽根が風に散り、黒い館が音もなく軋んだ。
「……見事だ」
ドナードが、微笑んでいた。
しかし、そこにもはや支配の気配はない。
深紅のバラの花びらが、彼の胸元からはらりと落ちる。
「私の《支配領域》を、真正面から突破するとは」
彼は膝をつく。
その瞳には、かすかに——心が灯っていた。
「私は、魔王陛下を守る者。そして……心を捨てきれなかった、最後の四天王だ」
ドナードの声は、もはや処刑者のそれではなかった。
それは、迷い、嘆き、そしてなお信じようとする者の声だった。
「……君たちは、あの方と旅をしていたのだな。人間としての姿を持ち、心に戸惑いながらも——それでも、共に道を歩もうとした」
美怜がそっとうなずく。
その手には、封印の杖。
魔王アルの意志が、今も静かに眠っている。
「……あのとき、アルは急に苦しみ出したの」
美怜はかすかな震えを抑えるように、杖を強く握りしめる。
「魔王としての人格が、彼の中で暴走したの。まるで誰かの声に引きずられるように、世界を焼き尽くそうとしてた。……あの優しいアルが」
ティナが唇を噛み、カイルが静かにうつむく。
ツカサは、美怜の言葉を黙って聞いていた。
「止める術は、ただ一つだった。……リュミナが教えてくれた封印術式。危険な術だった」
「でも……彼は、笑ってた。自分を杖に封じたの」
ドナードは目を伏せ、かすかに吐息を漏らした。
「……やはり、アル様は最後まで“誰かのため”に動いておられたのだな」
彼は、胸元から一枚の紙片のようなものを取り出す。
それは黒い符のように見えたが、光の反射で中に何かの映像が揺れていた。
「これは、陛下が自ら私たちの前から去る直前に私に託したもの。“記録の断章”だ。君たちのような者が来ると、どこかで信じていたのだろう。これを、受け取ってほしい」
美怜がそれを慎重に受け取る。
触れた瞬間、淡くあたたかな波動が指先に伝わってくる。
「ありがとう、ドナード……。私たちは、アルを取り戻す。それがどれだけ危うくても——“心を持った彼”を、否定したくないから」
ツカサが前を向く。
「もう、誰も犠牲になんてしない。全部守ってみせる」
ティナが、歯を見せて笑う。
「心があるから、傷つく。けど、それがあるから、笑えるにゃ!」
カイルが、小さくうなずく。
「……それでも俺たちは、選んだ。心を信じて、進むって」
《黒茨の館》が、大きく軋んだ。
天井からは光が差し込み、崩落の音が響き始める。
「急げ!この館はもう持たない!」
カイルが転移術式を展開する。
「座標・中央都市アークルゼン——!」
美怜が杖を握りしめ、ドナードを見つめる。
「あなたはどうするの?」
ドナードは、かすかに微笑む。
その笑みは、初めて“支配”ではなく“理解”に満ちていた。
「私は……君たちを見届けよう。支配の鎖を手放した者として、今度は“観測者”でいさせてもらおう」
彼は館の中央の椅子に、ゆっくりと腰を下ろす。
「いずれ、全てが明らかになったとき。君たちがその先に何を見つけたのか——その答えを、教えてくれればそれでいい」
「……わかった。また来るね」
美怜がうなずき、転移陣に足を踏み入れる。
「行くよ、みんな!」
光が四人を包み込む。
転移、発動。
——黒茨の館に、深紅のバラが静かに咲き続ける。
ドナードは、仄暗い空間に一人佇みながら、ふと天を仰いだ。
「……心を選ぶとは、そう容易い道ではない。だが……」
彼は深く、静かに息を吐く。
「それでも、あの方が最後に笑っていたのなら——私もまた、その笑みに賭けてみよう」
“微笑の執行者”ではなく。
“心の証人”として、彼は新たな時を歩み始めた。




