第七話 その少女は、踊らない
「踊り……たいの……?」
少女の声は、どこか壊れたオルゴールのようだった。感情はなく、音程は狂っていて、それでも耳に刺さるような、奇妙な響きを持っていた。
真っ白な髪に、血のような瞳。年齢は10代半ばに見える。だが、その小さな体から発せられる魔力の圧は、空間ごと歪ませるほどに異常だった。
「やばい……リーダー、あれ、人間じゃない」
リュミナが珍しく低く、切迫した声で告げた。
「うん。間違いない……魔王だ」
ライアスの声に、私は耳を疑った。
「ま、魔王って、あの!?ラスボス的な……!?」
「そう。魔族をまとめる要、"魔王"だ」
「いや、なんでそんなのがここに!?」
「分からないが、少なくとも……話し合いは無理そうだね」
その瞬間だった。
少女の足元がふわりと浮いた。地に足がついていない。まるで人形のように首を傾けたその瞬間——
「つまんないのは、いや」
轟音とともに、ガイアが吹き飛ばされた。数メートル先の岩に叩きつけられ、剣が手から離れて転がる。
「ガイア!?」
私は駆け出そうとしたが、次の瞬間、ライアスが前に立って剣を抜いた。
「《聖光剣・終極》——!!」
白銀の魔力が剣を包み、閃光が森を照らす。
だが。
「遅い」
少女のささやきとともに、その光ごと、剣が砕けた。ライアスの身体が弾かれ、倒木を巻き込んで転がる。
白いマントが赤く染まっていくのが見えた。
「……っ、ライアスさん……」
「《雷槍・連陣》!」
リュミナがすかさず魔法を放つ。空から無数の雷が少女を貫く……はずだった。
だが、少女は指先を軽く振っただけで、その全てを霧のように打ち消した。
「もう、やだ。うるさいよ……」
そうつぶやいた瞬間、リュミナの腹部に闇の槍が突き刺さる。
「……ッ!!」
「リュミナさん!!」
私は叫んだ。次の瞬間、彼女が倒れ——
けれど、リュミナは倒れず、杖を構えたまま私を睨みつけた。
「ミレイ、“逃げる”準備を……」
「えっ、で、でも……!」
「いいから!」
リュミナの魔力が爆発的に高まる。血まみれの身体から放たれる光が、まるで星のようにきらめいていた。
「《転移陣・単独指定》——ミレイ、《目標地点:街の南門》!」
「えっ、リュミナさん!?いや、私だけなんて無理……!!」
「だから行けって言ってんのよ!!」
リュミナの顔が、強引に笑う。血を吐きながら、命を燃やすような光で。
「“踊り子”が……戦場にいる意味、見せつけてやりなさい……!」
「……!」
視界が、白く塗り潰された。
光が収まった時、私は森の外——街の南門の近くにいた。
体は泥まみれで、膝から崩れ落ちる。
何も、できなかった。
何も、守れなかった。
仲間たちは、まだあの森にいる。
私だけが……転移させられて、逃げてきた。
泣き叫びたいのに、声が出なかった。
銀の鈴が、腰でかすかに鳴っていた。
その音だけが、まだ現実と絶望の境目にある私を、なんとか“壊さず”に繋ぎとめてくれていた。
——こうして、“踊り子”は、たったひとりで森を抜けた。
あの日、世界が反転した。
夢の舞台は終わった。
ここからは、“現実”と向き合う物語が始まる。