第六十話 明暗の剣士
青年の足元の椅子を、美怜が蹴り飛ばした。
「っ……!」
ロープは一瞬首にかかったが、カイルが即座にナイフを飛ばしロープを切り裂く。
ドサリと、青年は床に倒れた。
「大丈夫!?あなた……何を……!」
「……放っといてくれ」
かすれた声だった。
彼の黒髪は乱れ、頬はやつれ、肌は青白く冷たい汗に濡れていた。
黒い瞳には、焦点の合わない虚ろさが宿っている。
「俺はもう、終わってるんだ……。生きてる意味も、理由も、何もない……」
「でも……!あなた、ツカサさんでしょ?剣士として凄く強いって——」
「“強い”……?」
ツカサは床に膝をつき、ゆっくり顔を上げる。 その表情は、微笑んでいるようで、泣いているようで、何も映さない仮面のようだった。
「“強い”のは……一部だけだ。調子がいいときだけ。俺は、いつもそうだ。強いときは誰にも負けない。剣も冴える、反応も冴える。頭の中が透明になって、世界が静かに見える……」
「でも……突然、全部崩れるんだ……。俺は動けなくなる。手が震えて剣が持てない。誰かの声が全部雑音に聞こえて、何もできない。みんなの足を引っ張る。なのに、何も言えない。自分が壊れてるって、言えないんだ……」
誰かに語ることもできず、笑ってごまかしてきた過去があるのだろう。
「前の仲間に言われた。“役に立たないなら出ていけ”って……そりゃ、そうだよな。俺なんか、いない方がいいんだ」
言葉の一つ一つが、冷たい床に落ちるように響く。
ティナが、小さな声で呟いた。
「……ほんとに、それ、あんたの本音かにゃ」
「……?」
「“いない方がいい”とか“終わってる”とか、それ、あんたの本音じゃないにゃ。ただ、あんたの中の“病んでるあんた”が、そう言ってるだけだにゃ」
ティナは、ロープを拾い、ため息まじりに呟いた。
「首を吊る勇気があるなら、一度くらい、“本当の自分”と戦ってみるにゃ」
ツカサは目を伏せたまま、答えなかった。
——だが、手は震えていた。
心のどこかで、まだ、自分を完全に見捨ててはいない証拠。
「私たち、仲間を探してるの。強い人。でも、“完全な人”なんて求めてない」
美怜は静かに膝をつき、彼の目を覗き込んだ。
「完璧じゃなくていい。立ち止まってもいい。暗いときは私たちが光を灯す。だから、あなたも、立ち上がって。ツカサさん」
その名を呼ばれた瞬間、ツカサの瞳に、わずかに色が戻った。
彼の胸の奥で、何かが崩れ、何かが残った。
——ほんのわずかでも、“生きよう”とする気持ちが。
静寂の中、外の鐘の音が一つ、ゆっくりと鳴った。




