第六話 呪いの森へようこそ!
翌朝。
宿で貰った朝食のパンをくわえたまま、私は小さなバックパックに荷物を詰めていた。背後ではリュミナが静かに呪文を唱え、ガイアが無言で毒消し草や幻覚対策の魔晶石を詰めている。ライアスはというと、部屋の鏡の前でマントの裾を何度も調整していた。
「ねえ、本当に行くんですか?“呪いの森”って。あの、名前からしてめちゃくちゃヤバそうなんですけど!」
「ヤバいよ。実際、王国の偵察隊も戻ってきてないし」
「戻ってきてないんですか!?えっ、えっ、普通に命の危機じゃないですか!?」
「だから言ったろ。命張るって」
ライアスは肩をすくめた。
昨日のライアスの言葉がフラッシュバックして、私は胃のあたりを押さえた。あれ、なんかお腹痛くなってきたかも……。
「大丈夫よ。幻覚と毒にさえ気をつければ、生きて帰れる確率はある」
「その“さえ”が怖いんですけど……」
「ミレイが一番危ないのは“幻覚”のほうだ」
「え?」
ガイアがちらりとこちらを見た。
「まだ魔力に慣れてないなら、精神に作用するタイプの魔法に弱い。変な幻でも見せられたら、区別つかないだろ」
「うっ……確かに……」
異世界に来てからというもの、私はまだこの世界の“常識”すら完全に飲み込めていない。ゲームの知識もない、魔法も使えない、そんな私が“幻覚魔法”なんてものと戦える気がしない。
「ミレイ、これ。持って行って」
リュミナが差し出してきたのは、小さな銀の鈴だった。
「音の鳴るものは、幻覚対策になるの。幻の中でもちゃんと音を感じられたら、現実との境目がつかみやすくなるわ」
「……リュミナさん……なんか優しい……」
「バカね。幻覚に呑まれられたら、私たちが庇う手間が増えるだけよ」
「そっちの理由か……。でもちょっと感動したからいいや……」
そんなわけで、私は銀の鈴を腰にぶら下げて出発することになった。
森の入り口は、まるで“ここから世界が変わります”って言ってるみたいに、急に暗く、しん……と静まり返っていた。昼間なのに薄暗くて、霧のようなもやが立ち込めている。
「このもや、もう毒入ってる?」
「まだ初級ってとこだな。奥に行くほど濃くなる」
「ふ、ふつうに帰りたいんですけど……」
でも、ライアスが先頭を歩いてくれるのがちょっとだけ心強い。
ほんのり光る白いマントが霧の中でも目立って、なんとなく迷子にはならなさそうだ。
「みんな、魔力感知を広げて。幻覚の兆候があったらすぐ警告出すわ」
「はいはーい……って、あれ……?」
ふと足元の落ち葉が、舞うようにふわりと浮かんだ。
その瞬間、視界が一変する。
目の前に現れたのは——
「えっ……ここ、“某テーマパーク”……?」
ピンク色の建物、カラフルなパレードカー、手を振るマスコット。耳慣れた音楽。どれも私がかつて踊っていたステージそのものだった。
(なにこれ、嘘……)
まるで夢のような光景。懐かしくて、泣きたくなるくらい嬉しくて。
「ミレイ!戻ってこい、幻覚だ!」
ライアスの声が遠く聞こえる。
でも私の身体は動かない。
そのとき——
チリン……
腰の鈴が、かすかに鳴った。
(……音?)
それを合図に、夢の世界が一気に霧へと崩れ落ちた。
気がつけば、私は森の中で立ち尽くしていた。震える手で鈴を握りしめる。
「よかった、正気に戻った」
「ミレイ!」
ライアスが走ってきて、私を抱きとめる。
「ごめん……幻覚だった……でもリアルで……」
「でも戻ってこられた。君の意思が強かった証拠だよ」
「鈴がなかったら、ヤバかったかも……リュミナさんにマジ感謝……」
リュミナが無言で近づいてきて、私の頭をぽん、と叩いた。
「目、覚めた?」
「……うん。ありがとう」
その後も、森の中ではいろんな“幻”が私たちを襲ってきた。
でも私は、踊った。
“呪いの蝶ステップ”を何度も踏みながら、仲間の背を守るように。
——踊ることで、戦えるようになった自分を、ほんの少しだけ誇らしく思った。
そして、森の奥で私たちは“彼女"と出会う。
霧の中、ぼんやりと立っていた、ひとりの少女。
その目には、正気が……なかった。
「……あれ、もしかして、幻覚じゃない……?」
「……違う。あれは、生きてる」
ライアスの声が低くなる。
「迷い込んだ。幻覚に呑まれて、帰れなくなったのね」
リュミナが小さく呟いた。
その少女の瞳が、こちらを見た。
「踊り……たいの……?」
その声に、私はゾクリと背筋が凍る思いをした。