第五十八話 氷雪の戦い
霧が巻き上がる中、氷の鈴のような音と共に、リミエルの気配が急激に変化した。
冷気が空間全体に染み込み、美怜たちの肌を刺す。
「こちらは交渉しに来たの。戦いがしたいわけじゃない」
美怜が静かに言葉を差し挟む。
まだ戦意は見せていない。
「アルという名の存在……彼と、そして魔王のこと。少しでも教えてくれない? 戦いを望まないのなら——私たちは聞くだけでもいい」
リミエルの青い瞳が細められる。
どこか、面白がるように唇を緩めた。
「……ふふ。交渉、ね。あなた、“心”で動く人間ね」
美怜は静かに頷く。
「“心”を持たない魔王が、なぜ人間らしくあろうとしたのか……それを知らなければ、私はこの旅を終われない」
沈黙。
だがリミエルは、ゆっくりと手を掲げた。
「……残念ね。言葉だけでは私の“氷”は溶けないわ」
突如、空気が凍る。
霧が爆発的に舞い上がり、その中から無数の氷のつぶてが出現した。
「——下がれ!」
カイルが叫び、前に出る。
「《防壁展開・六重》!」
光の壁が何重にも張り巡らされるが、それでも追いつかない。
リミエルの氷のつぶては、“手数”で押してくる。
それぞれが別々の角度、軌道、速度で襲い来るのだ。
「っ……カイル、耐えられる!?」
「……限界だ! 手が焼ける!」
ティナが横から飛び出し、氷のつぶてを拳で砕くが、
「っ……痛っ……!」
氷に触れるだけで、手が凍り、激しい痛みが走った。
「この氷……普通じゃない。魔力が練りこまれてる……!」
美怜も《踊影・疾奏》で舞を繰り出し、リミエルに向けて速度低下の魔法を放つ。
だが——
「……無駄よ」
リミエルの身体に舞が触れた瞬間、それは霧に紛れて消えていく。
——デバフ、無効化。
「嘘……効かない……!?」
「私の時間は、“凍っている”の。遅くなる余地なんて、最初からないわ」
背筋が凍るような声に、美怜たちは思わず後退する。
(同じ四天王でもセリオと違う……これは、格が違う)
魔力の精度も、戦いの流れも、完全にこちらを制している。
これ以上の戦闘継続は——命の危険すらあった。
「くそ……撤退しか……!」
そのとき、リミエルがふっと指を止めた。
霧が静かに沈黙し、氷の嵐が収束していく。
「……やめておくわ。壊すには、惜しいもの」
リミエルは、美怜のほうにだけ視線を向けた。
「あなたの“舞”、ほんの一瞬——私の“凍った心”を揺らした気がしたの。……だから、一つだけ教えてあげる」
美怜は、息を呑んだ。
「アルは、“魔王”に与えられた心じゃない。……“魔王自身の願い”が、形になったものよ」
「……!」
「そしてその願いが生まれた瞬間——魔王は、私たち四天王からも見放された」
冷たい声だった。
だがそこには、かつての忠義に裏切られた者の痛みがあった。
「“あの方”は、心を得ることで、私たちの“家族”を壊したの」
霧が再び巻き上がる。
「また来なさい。もっと深く、“舞って”みせなさい。……私の氷の心が、もう一度、揺れるかもしれないから」
そして——リミエルの姿は霧と共に消えた。
雪の中を走りながら、美怜たちはなんとか林を抜けた。
杖に宿るアルの魔力が、わずかに揺れる。
「“魔王自身の願い”が……アル……?」
美怜の胸に、言葉が重く残る。
「心を持つことは、仲間すら敵にした。……それでも、あの魔王は“心”を望んだのにゃ」
「……バカだよな」
カイルが小さく呟いた。
「でも……それが“アル”だったんだにゃ。たぶん」
「……うん」
美怜は深く頷いた。
(なら、私は——その願いを、知りたい)




