第五十七話 氷の四天王
セリオを退けたものの、得られた情報は乏しかった。
アルの人格が自然に生まれたという確証も、魔王が何を思って人間らしくあろうとしたのかも、彼からは何一つ明かされなかった。
「……やっぱり、もっと深く知る必要があるわね」
森の外れで休息を取っていた美怜が、じっとアルの杖を見つめながら呟いた。
微かに煌めく杖の青い光が、彼の記憶のかけらのように、どこか頼りなげに揺れている。
「次は——《北》、だね」
カイルが地図を広げ、指をさす。
そこには《白霧の林》と呼ばれる険しい雪原地帯が広がっていた。
「《氷艶の魔姫》、リミエル……彼女なら、魔王に“心”が芽生えた当初を知っているかもしれない」
「ふーん……氷の女か。やっかいそうな名前だにゃ」
ティナが小さく唇を尖らせた。
だがその目には、かつてないほどの緊張が宿っていた。
セリオとの戦いで気づいたのだ。敵の強さだけではない。
彼らは、魔王を「想い」ながら戦っている。それぞれに、魔王との因縁と感情を抱えている——ただの敵ではない。
翌朝、美怜たちは北へ向けて旅立った。
高地に近づくにつれ、空気が薄く、乾き始める。
夜には、霜が草に降り、白霧が林の隙間を這うように流れていく。
「……寒っ……うぅ……カイル、何でこんなとこ案内したのにゃ……」
「おい、ティナ、さっきまで『氷の女と一発バトろうにゃ』とか言ってたろうが」
「言ってないにゃ!」
険しい林の奥、霧が深まるにつれて、何かが変わっていくのが分かった。
まるで空間そのものが、誰かの意志で“選別”されているような異質感。
——ぞくり。
美怜は背中に、見えない視線のようなものを感じていた。
(これ……幻術? それとも……)
視界の端に、白い蝶のようなものがふわりと舞い、すっと消えた。
「ねぇ……今、何か見えなかった?」
「俺もだ。なんか……記憶が、ぼやける感じがする」
「……気を付けて。ここから先、リミエルの“領域”よ」
林の奥、霧の最も濃い場所——そこに、“彼女”は待っていた。
水色の髪が、流れるように揺れ、深くスリットの入ったドレスがまるで氷柱のように艶やかに光る。
瞳は青く澄み、その奥に無邪気な悪意を湛えている。
「ようこそ、勇者ごっこさんたち。森を迷わず抜けたのは、褒めてあげるわ」
《氷艶の魔姫》リミエル・グラティエ。
その美しさは、見た者の“警戒”を削ぐほどに儚く、妖しく、そして——冷たい。
「あなたたちが、“アル”に会いたい子たちね?」
「アルを……知ってるのね?」
美怜が一歩、前に出る。
だが、その瞬間、リミエルの指先がふわりと踊るように動いた。
——風が止まる。
「知っているわ。でもあなたたちに教える義理はない」
その瞬間、霧が濃くなり、世界が歪んだ。




