第五十六話 四天王会議
森林の最奥、毒々しい花の香が充満する洞窟。
闇に浮かぶ水晶玉が、青白い光を放っていた。
それは四天王専用の“魔法通信水晶”——互いの魔力を共鳴させ、空間越しに会話を可能にする秘具。
その水晶を、セリオ・ヴェリエは苛立たしげに睨みつけていた。
「ちっ……クソが。勇者ごっこめ。腹立たしい」
煙草のような魔香をくゆらせながら、椅子に深くもたれる。
だが、水晶が妖しく明滅し、次々と他の三人の四天王の気配が揃っていく。
最初に現れたのは、透明な氷を思わせる美貌。
「ふふっ……おかえりなさい、セリオ。ずいぶんと派手にやられたそうね?」
《氷艶の魔姫》リミエル・グラティエ。
銀青の髪を揺らし、仄かに笑むその姿は一見優雅だが、その奥に潜むのは残酷な好奇心だ。
「やっぱり“幻術と毒だけ”じゃ、今どきの人間には通じないのかしら?……それとも、なに?“アル”の名前でも出されたの?」
「……黙れ、氷女」
セリオは表情を歪め、水晶を睨み返した。
「感情が乱れるなんて、らしくもないわ。まるで、“心を持った人間”みたい」
「っ……!うるせぇ!」
その時、水晶の奥から熱が立ち昇るような気配が広がった。
部屋の温度が一瞬で上がったように思えたその瞬間、真紅の鎧に身を包んだ戦鬼が姿を現した。
《焔獄の武帝》ヴァルグラド・リンエン。
額に焼けた角の痕を刻んだその男は、今にも燃え上がりそうな眼差しでセリオを見据える。
「……セリオ。お前、何やっていた?」
言葉に怒気はなかった。だが、その声には隠しきれぬ苛立ちと——哀しみすら滲んでいた。
「ちょっとした気まぐれさ。負けたってほどじゃ……」
「負けは負けだ」
ヴァルグラドの声が鋼のように重く響いた。
「結果がすべてだろ。お前は、一行に敗れた。しかも、“アル”の名に動揺して、幻術も毒も半端に終わったと聞いてる」
セリオの顔が一瞬、強張る。
そして——ヴァルグラドは静かに言った。
「……お前は、四天王の中で“最も弱い”」
その言葉が落ちた瞬間、空気が凍った。
「はっ……マジで言ってんのかよ……!」
セリオが立ち上がり、指を突き出す。
「だったらあんたはどうなんだよ! ずっと“戦士”気取りしやがって!」
「黙れ」
その一言に、室温がさらに上がるような錯覚が走った。
ヴァルグラドの背後に、黒鋼の双剣《紅蓮刃》が揺らめく。
「お前は、魔王様に拾われた。それは確かに奇跡だった。だが——その奇跡を“呪い”に変えたのは、自分自身だ」
「……俺は……!」
「“捨てられるのが怖い”……そんな怯えで動くやつが、誰かを守れるか?」
セリオは、怒りとも苦しみともつかぬ声を漏らす。
だが、ヴァルグラドの表情は冷たくなかった。
「……俺も分かるさ。アル様は、かつての魔王様とは違う……“心”があった。だからこそ、本当は向き合わなければならなかった」
その声には、確かな誠実さがあった。
「だがな、それを見て見ぬふりして、お前は何をした? 恐怖に逃げて、歪んで、今の結果だ」
セリオは、唇を震わせた。
「……っ、俺は認めない……!アルは偽物だ!魔王様じゃない!」
その一言だけが、水晶を通して届いた。
「……」
沈黙。
最後に、低く甘やかな声が部屋に流れる。
「……“心”というのは、実に始末に負えませんね」
《微笑の執行者》ドナード・ルクスが姿を現す。
黒のロングコートを纏い、胸には深紅のバラ。目元には歳月の刻んだ皺と、厳格な光が宿っていた。
「セリオさん。あなたの“動揺”が、次に我々の害となれば……“家族”の名の下に、処分対象となることをお忘れなく」
言葉は丁寧だったが、その奥にあるものは——冷酷な執行の意志。
「……チッ、覚えてろよ……今度は、絶対……」
セリオは唇を噛み、水晶に魔力をぶつけるように切断した。
通信が途切れた部屋に、毒霧がじわりと立ち込めていく。
セリオはただ一人、震える手を見つめていた。
(……魔王様。あの目……もう一度だけでも、俺に……)
その手に残るのは、消えかけた呪紋の輝きだけだった——




