第五十一話 アルと共に
美怜の瞳に浮かぶ決意は、涙に濡れながらも揺らいでいなかった。
彼女はゆっくりと歩み寄り、剣ではなく、その手を差し出す。震えながらも、優しさを含んだ手のひらが、アルの頬に触れた。
「あなたを……殺さない。殺せない……」
アルの目が揺れた。恐怖ではなく、驚きと、戸惑いと、淡い希望。
「……じゃあ、どうするの……?僕は、また……魔王に飲まれるかもしれないんだよ……?」
「だから……リュミナ、お願いがあるの」
美怜は振り返る。立ち尽くしていたリュミナは、その視線を受け止めた。
「武器に魂を封じ込める術式、またできる?」
リュミナの目が見開かれる。
「まさか、彼を……封印するつもりなの?」
「うん……アルを、殺したくない。だからお願い、アルを……“彼の杖”に封じて」
「……そんなことをすれば、アルの意識はまた……眠りにつくかもしれないのよ?」
「それでもいい」
美怜はしっかりと頷いた。
「その眠りは、死じゃない。私は、待てる。いつか必ず、彼を救うって……約束する」
沈黙の中、アルは伏せた目を上げ、ふっと微笑んだ。
「……ひどいよ、ミレイさん……優しすぎる……」
「そんなに優しくされたら、もう……ちゃんと戻って来なきゃ、って思っちゃうじゃないか……」
「僕……もう一度、あなたに会えるのかな……?」
「もちろん」
美怜は、今度こそ涙を隠さずに笑った。
「何度でも呼ぶよ。あなたの名前を、何度でも」
リュミナが、静かに歩み寄る。血に染まった服のまま、彼女は杖を取り出し、地に突き立てる。
「魔法陣、展開……始めるわ」
彼女の詠唱が始まると、空気が揺れ、魔力が地を這い、杖を中心に光が集まる。
アルは、最後に美怜を見つめた。
「ミレイさん、ありがとう。……僕を、見つけてくれて」
その言葉を最後に、アルの姿は魔力の光に包まれ、ゆっくりと消えていった。
白銀の髪も、紅い瞳も、全てが光に溶け、やがて一本の杖にすべてが還る。
静寂。
全てが終わった。
杖を両手で抱え、美怜はそっとその場に座り込む。
「……おかえり、アル。ここにいるよ。ずっと、一緒だよ……」
風が、優しく吹いた。
空には、黒炎の残滓がゆっくりと晴れていく。
それはまるで——嵐のあとの、静かな夜明けのようだった。




