第四話 魔物の巣で舞い踊れ!涙と土ぼこりの乱舞
「聞いてないんですけどッッッ!!!」
今日、何度目か分からない悲鳴がまた口から飛び出した。
だって、どう考えてもおかしいじゃない。
依頼内容:「魔物の巣を発見し、掃討せよ」。
「いやいや、掃討ってどう考えても戦う系じゃないですか!?私も戦うって言われてたけど、せいぜい後ろでシャラシャラ踊ってる感じかと——!」
「だからそれだよ、その“シャラシャラ”がないと死ぬって昨日やったじゃん?」
ツッコミを入れたのはリュミナ。
トレードマークの緑フードを深くかぶって、杖で地面をコツコツ叩いている。もう慣れてるけど、見た目は美人なのになかなか口が悪い。
「まぁまぁ、心配するな。ミレイは後方支援。巣の手前でバフを撒いてくれれば、それだけで戦況が変わる」
そう軽く言ってくるのはライアス。相変わらず鎧が光ってるし、やたら爽やか。あと、命の危機を感じてなさすぎ。
「前線は俺とガイアが担当。リュミナが攻撃魔法で援護する。ミレイは俺たちが守る。だから、踊ってくれ」
「雑すぎません!?」
でも、やるしかない。
生きるため。食べるため。
……なんか、生々しい動機だけど、それが今の私のリアル。
魔物の巣は、森の奥の崖のそばにあった。
粘り気のある瘴気のような霧がうっすら漂っていて、鼻を突くような酸っぱい臭いが漂っている。
「うっ……」
思わず鼻を押さえると、横でガイアが淡々と言った。
「腐敗した肉食系の魔物の巣だな。多分、ラットロード系だ」
「ラットって、ネズミ系!?」
「そんなのが何匹も出てくるかもな」と笑うガイアに、私は絶句した。
(気持ち悪すぎる。やばい、すでに帰りたい)
でも、私が帰ろうと一歩でも引けば、みんなは危険になる。
ステージならリハーサルがある。でもここにはない。ぶっつけ本番。
私は衣装の裾を持ち上げ、両手を広げて深呼吸する。
(やるしかない。私の出番だ)
ステップ、ターン、リズムを刻む。
体から、温かく光る何かがじんわりと溢れ出すのがわかる。
それがライアスに、ガイアに、リュミナに届いていく。
「バフ、確認。魔力強化、移動加速、発動!」
「いくぞ!」
ライアスが剣を抜き、ガイアが風のように森を駆け抜ける。
リュミナの杖から、火の玉が次々と放たれる。
そして私は——その背中を、ステップで後押しする。
遠くで響く獣の咆哮。突進してくる巨大なネズミ型の魔物たち。
でも、不思議と怖くはなかった。私には、“任された場所”があるから。
「ミレイ、左に引いて!」
ライアスの声にすぐ従う。踊りながら、間合いを保ち、集中を切らさない。
(ターン、キープ、ターン、手を上に)
頭の中ではステージの構成を思い描くようにして、動きを組み立てる。
ステップ一つで、仲間の攻撃が鋭くなる。
ターンで、彼らの体に光が走る。
なんだろう。ステージの歓声とは違う、だけど確かな「役に立ってる」っていう実感。
気づけば、魔物の咆哮は止んでいた。
あたりに広がっていた瘴気も、少しずつ風に散っていく。
私はふっと、肩の力を抜いた。
——と同時に、足がもつれて盛大に転んだ。
「わあああッ!」
草むらにダイブ。スカートの中に小石が入り、痛い。
みんなが一瞬静まり、次の瞬間——
「……ぷっ」
「ふ、ふふ……っ」
「はっはっはっは!!」
まさかの爆笑。
「こ、こんなに真面目に踊ったの初めてなのに!」
私がふくれながら抗議すると、ライアスがニコニコしながら手を差し伸べてきた。
「最高だったよ。最後の一撃が決まったの、君の踊りのおかげだ」
「……本当?」
「本当さ。踊り子ミレイ、初任務、合格」
手を握って立ち上がると、なんだか胸がじんわりと温かくなった。
この世界で、私は踊っている。
命のために、誰かのために。
ステージじゃないけど、ここも私の“舞台”なんだ——
と、しみじみしていたら、リュミナが小声でつぶやいた。
「……明日から連戦よ。ミレイのバフ、本当に便利だから」
「……え?」
「ていうか、そろそろ“デバフダンス”も覚えてくれない?敵の命中率下げる動きとか」
「そんなのあるの!?」
「あるよ?」
「聞いてないんですけど!!!!!」