第三十九話 新たな目的地
夜が明ける気配はまだなかったが、ザハルの祭壇に満ちていた陰の気配は、どこかやわらいでいた。
魔方陣は静かに収束し、焼けるような痛みも、わずかに引きはじめていた。
それでも、美怜の足は限界に近かった。
ティナが肩を貸し、アルが黙ってその反対側に立つ。カイルは何も言わず、美怜の足元に膝をつき、再び治癒魔法を施す。だが彼の魔術では、呪いのように刻まれた“舞の代償”を完全に癒すことはできなかった。
「……無茶をしてくれる」
カイルがぼやいたその声には、怒りよりも呆れと、それ以上の何かが滲んでいた。
「ねえ、ザハルさん」
ティナが小さな声で口を開いた。
「あなた、本当は……あの時、ミレイが踊りきれなかったとしても、罰したりはしなかったんじゃないのかにゃ?」
ザハルは、答えなかった。
ただ、軽く肩をすくめ、金の装飾が揺れる黒衣の裾を翻す。
「契約は成立した。それで十分。……彼女が望んだのは、道を開くことだったろう?」
「でも、お前は……」
カイルが抗議しかけたが、アルがその腕をそっと掴んだ。
「今は……それよりも先へ進もう。彼女がこの苦しみを選んだ意味を、無駄にしないために」
ザハルは背を向けながら、ふと振り返り、最後に言葉を投げた。
「《フィル=セリオン》は、山々と霧に覆われた場所だ。道は険しく、試練も多い。だが、あそこに残された“祈り”は、おそらくまだ息をしている。……覚悟して行くといい」
そう言い残して、彼は闇の奥へと溶けていった。
祭壇の灯が静かに消えた。夜の冷気が戻り、どこか静けさと神聖さが同居する空気が残る。
「ミレイ……もう少しだけ、休もう?」
ティナがささやく。
「うん……少しだけ。ありがとう」
美怜は小さく笑った。
彼女の足は震えていたが、その瞳には、もう迷いはなかった。
リュミナの過去。祈り子の真実。そして——セリスのこと。
そのすべてが、まだ語られていない“本当の理由”に繋がっている。
それを知るための旅が、ここから始まる。
——たとえ、どんな痛みが待っていようとも。
次の目的地、《聖域フィル=セリオン》。
彼らの旅は、いま再び、新たな章へと進み出す。




