第三十七話 器の目覚め
結界の中、静寂が訪れた。
美怜の息遣いだけが、空間を震わせている。彼女の身体は床に伏し、両足は痙攣していた。血が滲み、肉が裂けたかのような痛みにもかかわらず、その表情には達成の色があった。
「ミレイさんっ……!」
アルが駆け寄り、美怜の身体を抱き起こす。ティナも涙を拭いながら膝をつき、震える手で美怜の頬に触れた。
「ひどいよ……!なんで、なんでここまで……!」
「ミレイ……しっかりしろ……」
カイルも呟きながら、治療の白魔術を美怜にかける。だが、刻まれた痛みはそう簡単に癒やせなかった。
「……みんな……私は大丈夫……」
かすれた声で、美怜がそう呟いた。
「どう見たって大丈夫じゃないよ……っ!」
アルが顔をしかめながら答える。
だがその時——
「ふむ。いやはや、見事だったねぇ」
ザハルが優雅に拍手を一つ、二つ、打つ。
「器は無事に完成。魂の“根”も、しっかりと移された。後は——《目覚め》だ」
黒い扇子をひらり翻すと、祭壇の上に並ぶ三つの器が、ぼんやりと光を灯し始めた。
それはまるで、眠っていた命が、夢の底からゆっくりと浮上してくるような光だった。
「リュミナ……?」
美怜の声に応えるかのように、その一体がかすかに指を動かす。
「——っ……!」
ティナが息を呑み、カイルが目を見開く。
器は確かに、わずかだが“生”を得ていた。
「まだ起き上がるには、魔力が足りん。こればかりは時間をかけて根を馴染ませるしかない」
ザハルがやけにあっさりとそう言う。
「だけど、君の舞がなければ、この状態にはならなかった。面白いものを見れて感謝しているよ」
アルが睨みつけるようにザハルを見やった。
「感謝……ですって?あなた、ミレイさんに……酷いことを……!」
「痛みは与えたさ。でもね、彼女が選んだんだよ。君たちが止めることもできたのに、誰も止めなかった。それが現実だ」
「……っ」
「さて。そろそろ休ませてあげなさい。目覚めの儀式まで、少し時間が要る。君たちには、まだ“準備”が足りない」
「準備……?」
アルが尋ねる。
ザハルは背を向け、再び祭壇の奥へと歩きながら呟いた。
「魂が器に根を張るには、“生”の記憶を呼び戻す必要がある。それは君たち——生きている者たちが、彼らのことを“強く想い出す”ことで補うことができる」
「どういうことにゃ……?」
ティナが首をかしげる。
「過去を辿れということだよ。彼らが何を想い、何を望み、どう生きていたか。それを君たちが知らねば、目覚めは訪れない」
そう言って、ザハルはふと振り返る。
「……特に君だよ、ミレイ。彼らを呼び戻したいと願うなら、己の舞を通して、彼らの“記憶”を取り戻さなければならない」
美怜は、その言葉を胸に刻み込むように、痛みの中で目を閉じた。
——彼らの想いに、触れる。
——私の舞で、命を紡ぐ。
今はまだ眠ったままの器。
けれど、その胸の奥には確かに鼓動のような“気配”があった。
痛みに焼かれた身体でも、私はもう迷わない。
ライアス。ガイア。リュミナ。
あなたたちをもう一度——この世界に。
その想いが、静かにまた、美怜の胸に灯り続けていた。




