第三十六話 痛みの中の舞
美怜は息を吸い込む。香炉の煙が鼻をかすめ、視界の端が霞む。
足を踏み出す——その瞬間、脛の奥から焼け爛れるような痛みが全身を駆け抜けた。
「く……っ……!」
表情が崩れる。苦悶に歪んだ顔を、歯を食いしばって無理やり笑顔に整えようとする。けれど、できない。痛みが深すぎて、浅はかな虚勢では誤魔化せない。
それでも、私は舞う。
腕を広げ、身体を旋回させる。足の筋が引きちぎれそうだ。かかとにまで響く痛みに、今にも崩れそうになる。
「やめてください!ミレイさん!」
アルの声が飛ぶ。
「そんなの、ミレイの踊りじゃないにゃ……!」
ティナが目に涙を溜めながら叫ぶ。
「ミレイ、バカかお前……!そこまでして……!」
カイルが舌打ち混じりにぼやく。
私は、彼らの声に応えるように、ただ一言だけ、絞り出した。
「……やめない……」
視界が歪む。膝が笑い、足がひきつる。それでも身体は、舞うように動き続けた。
髪が空を切り、袖が翻る。
けれどその裏にあるのは、血管が千切れそうな激痛、肉が裂けるような苦しみ。
それでも。
(だって……私がやめたら、あの人たちは……)
彼らの声が、まだここにある。
フォルセリオン、デュランダル、セラフィナ——それぞれの気配が、確かに胸に響いている。
「ミレイさん……っ!」
アルが一歩、踏み出そうとしたその時——
「……動くな」
ザハルの低い声が空気を凍らせた。
「彼女は今、魂の“臨界”にいる。この痛みの中で舞いきれば、魂の扉は開く。だが、止めれば全てが無駄になる。——死ぬのは、彼女だけじゃない」
「……クソッ!」
カイルが拳を壁に叩きつけた。
ティナは震えながら美怜を見つめた。
「どうか……無事で……!」
黒い霧の中心で、舞う美怜。
足が震え、爪先が血で濡れる。
それでも彼女の腕の軌道は崩れず、足捌きは痛みと共に空気を裂いていく。
「……ああ、いいね……」
ザハルは愉悦に目を細め、扇子で頬を扇ぎながら呟いた。
「苦しみながら、それでも誰かを救おうとする者。美しいよ、ほんとに。芸術的だ」
舞の終盤、美怜の身体は限界に達していた。
それでも、彼女は最後の一歩を踏み出した。
その瞬間——
祭壇の上に、三つの“器”が現れた。
人の形を模した、まだ目覚めぬ肉体。
そこに、薄く、微かに、魂の光が宿っていた。
「……ライアス……ガイア……リュミナ……」
美怜は膝から崩れ落ち、床に倒れこむ。
それでも、最後まで足を止めなかったその足には、焼き焦げたような痕が刻まれていた。
ザハルがゆっくりと立ち上がる。
「——魂は、器に届いた」
彼はゆっくりと、にやりと笑った。
「ミレイ。君の痛みは、最高だったよ。ありがとう。さあ、次は——“目覚め”の儀式だ」
けれど、美怜はもう答えられなかった。
全身を焼く痛みの中で、意識はかすかに揺れていた。
——私は、舞った。
——私は、諦めなかった。
——彼らに、届いた……よね……?
闇の中で、美怜は微かに微笑んだ。
痛みに打ち勝ち、踊りきったその想いは、確かに、魂に届いていた。




