第三十二話 祈りの舞
夜、祠の奥にある結界の間に、淡い灯がともされた。
アマネが置いた香炉から、細い煙が立ち上る。沈香のような、懐かしくも得体の知れない香りが鼻をくすぐった。
「よし……始めよか」
アマネの声とともに、床に描かれた結界紋が、かすかに光を帯びはじめた。
アル、ティナ、カイルは結界の外に待機し、私は中央へと一人歩を進める。
「踊り始める前に、ひとつだけ言うとくわ」
アマネが静かに囁く。
「魂っちゅうもんは、ほんまに大事なもんにしか“応えへん”。つまり……あんたの舞が本物かどうか、問われるっちゅうこっちゃ」
美怜は、うなずいた。
答える言葉はなかった。ただ、胸の中で彼らの名を呼んだ。
ライアス。ガイア。そして、リュミナ。
どうか、届いて。——私の想いが、あなたたちに。
静かに、美怜は舞衣に袖を通す。
アマネが握る鈴音のような呪具が、かすかな調べを刻み始める。
その音に合わせて、美怜は踊り始めた。
一歩。
もう一歩。
足を踏み出すたび、結界の紋が微かに脈動する。
呼吸の音すら吸い込まれるような沈黙の中、私は腕を伸ばし、旋回する。
布が舞い、空気が震える。
誰にも見せるためではない——
これは、彼らに届くように。
彼らが、今も武器の中にいると信じる、その証として。
やがて、鈴音が途絶え、私の足音だけが空間に響き始める。
その瞬間。
カン、と。
まるで氷が砕けたような鋭い音が、空間のどこからか響いた。
「——!」
私の背の武器が、光を帯びる。
フォルセリオンが、青白い光を灯し。
デュランダルが、低く唸るような赤光を滲ませ。
セラフィナが、祈るように金の輝きを放った。
結界紋が、一斉に輝く。
床に描かれた幾何学模様が、生き物のように脈動し——その中心に、彼らの“声”が、確かにあった。
《ミレイ……?》
ライアスの私を呼ぶ声。
《ここは……どこだ……?》
ガイアの戸惑う声。
《どうして……》
リュミナの動揺する声。
胸に響いたのは、懐かしい三人の気配だった。
言葉にならない安堵が、美怜の目から涙となってこぼれた。
「……よかった……っ、私、あなたたちのこと、諦めなくて……!」
床の光が、ゆっくりと収まっていく。
舞い終えた私の身体が震える。
祠の外で見ていたアマネが、ゆっくりと歩み寄り、私の背をそっと支えた。
「お見事。……あんた、ほんまに魂に触れとるわ」
彼女は少しだけ目を細めた。
「これでも、魂が完全に安定したわけやない。けど、今の舞で——彼らの“核”は、この世に繋ぎ止められた」
「……本当に……?」
「あとは、“器”をどうするかや。そんで、もう一度、肉体を得させる方法も探らなあかん。けどな」
アマネは、にやりと笑った。
「もう、最初の一歩は踏み出した。あとは、あんたらの覚悟と、行動次第やで」
美怜は頷く。
肩の奥に残る三人の気配は、たしかにそこにあった。
きっと、まだ間に合う。
この命で、この舞で、彼らを——取り戻せる。
美怜はもう一度、真っ直ぐ前を向いた。
この旅が、ただの“再会”ではない。
もう一度、生きるための“戦い”なのだと、はっきりと知った瞬間だった。




