第二十七話 はじまりの街
呪いの森を後にし、美怜達は、かつて美怜が最初にリュミナたちと出会った、あのはじまりの街へ戻ってきた。
石畳の広場。小さな噴水。風に揺れるカラフルな市旗。
全てが変わらずそこにあるのに、私の心は、まるで何かを失ってしまったように、沈んだままだった。
「……ミレイ」
ティナが、横を歩きながらちらりと私の顔を覗いた。
けれど私は、目を合わせることができなかった。
あの森に、リュミナたちの“命”は残っていなかった。
あったのは、武器だけ。生きて帰った形跡も、メッセージも何もない。
あんなに優しくて強くて、私を救ってくれた人たちが、あんな風に——
私は、宿のベッドの上でただ膝を抱えていた。
仲間たちは気を遣って、夕飯の誘いも控えてくれた。
部屋の扉の向こうで、時折、小さく囁く声が聞こえた。
「……あたし、何て声かけたらいいか分からないにゃ……」
ティナの声だ。
「……放っといてほしいのかもしれねぇけど、でも……あいつ、泣いてたよな……」
カイルの声も聞こえる。
「……僕、何もできないんですかね……」
アルの沈んだ声。
みんなが、私のために悩んでくれているのはわかっていた。
でも、今はその優しさすら、胸に刺さるようで、何も返せなかった。
だって、私はもう一度、誰かを失ってしまったのだ。
今度は、自分の無力さを知ったうえで——
一方、アルは単独で冒険者ギルドへ向かっていた。
無表情ながらも、どこか緊張をはらんだ足取りで受付に立ち、重い声で言った。
「……呪いの森にて、魔王と交戦。撃破しました」
受付嬢は目を瞬かせた。
「……はい?」
「魔王は消滅。瘴気も散って、森の環境も変化しています。調査を要請したいです」
その言葉に、ギルドの空気がざわめいた。
背後で待機していた他の冒険者たちが「は?」「冗談だろ」と声を上げる。
「いくらなんでも、それは……証拠はあるんですか?」
受付嬢は困惑気味に眉をひそめた。
アルは静かに首を振った。
「直接的な証拠はありません。ただ、明日か明後日には、環境の異常変化が冒険者の報告として届くはずです」
ちょうどそのとき、奥の扉がバタンと開いた。
「おい!報告だ!南側の森、呪いの霧が消えたって!魔瘴気の流れが止まってる!」
その場の空気が、ピンと張り詰める。
ギルド内が一斉にざわめき、数人の幹部が顔を見合わせた。
「……状況を確認し次第、正式に記録として処理します。現地調査を開始しますので、あなたのパーティーにも追って連絡を……」
アルは無言で頷いた。
ギルドの重々しい視線の中を通り抜け、外へと歩き出す。
その足は、まっすぐに、美怜の待つ宿へと向かっていた。
美怜はまだ、部屋の中。
あの日、リュミナが差し出してくれた手のぬくもりを、思い出していた。
その手が、もう二度と届かない場所にあると思うと、胸がひどく痛んだ。
でも——
あの森で拾った、折れた杖。竜紋の剣。巨大な剛剣。
あれだけは、誰にも盗られず、地に伏していた。
——何か、伝えようとしていたのかもしれない。
その思いだけが、かすかに、胸の奥を灯していた。
けれど今はまだ、立ち上がる気力もない。
その小さな希望が、次の物語の扉になると、私はまだ、知らなかった——。




