第二十六話 残響の森
静寂。
あれほど濃密だった瘴気は、魔王が消えた途端に霧散した。
空気は静まり返り、あの魔王との邂逅が幻だったかのように、風の音すらない森に変わっていた。
「……終わった……のかにゃ?」
ティナがぽつりと呟く。その声には、安堵よりも戸惑いが混じっていた。
目の前で起きたことが、誰にもすぐには理解できなかった。
アルが——魔王を倒した。
「は……?」
カイルの顔が引きつっている。
「あの化け物、ライアスパーティーでも敵わなかったんだろ……?それが、あっさりって……おい、アル……お前、何したんだよ……?」
アルは、呆然と立ち尽くしていた。
自分の手を見つめ、唇を震わせている。
「ごめんなさい……わからない……。いつも通り、魔力を集めて……放っただけで……」
それはまるで、“ただの習慣”のような口ぶりだった。
だが、私たちには理解できた——アルの力は、完全に“常識”の範疇を超えている。
彼は、何かが“違う”。
でも、それが何なのか、誰にも分からなかった。
「……とにかく。魔王を倒したのは確かにゃ。今のうちに、この森の中を調べるべきにゃ」
ティナが、ぐっと空気を引き締めた。
私たちは頷き合い、散開して“痕跡”を探し始めた。
《呪いの森》。
ここは、私のかつてのパーティーの仲間であるライアス、ガイア、リュミナが消息を絶った場所。
私だけが、リュミナの転移魔法で逃がされた。
だからこそ、ここに何かがあるはずだった。
そして——
「……っ、あった……!」
私の声が、森に響いた。
一本の剣。
青銀の鞘、竜紋の刻印。
ライアスが使っていた、魔剣。
「これは……!」
ティナが別の方向から声をあげる。
「でっかい剛剣にゃ……! 地面に刺さったまま、誰にも抜かれてない……」
それは、ガイアの武器——あの真面目な戦士が背負っていた鉄の塊のような剣だった。
「……こっちにも、あった」
カイルが拾い上げたのは、折れた杖。
先端の宝玉が砕け、祈りの彫刻が削れたままの、あの杖——リュミナの持っていた祈祷杖だった。
私は、思わず膝をついた。
「そんな……。こんな形で、武器だけ……」
声が震える。
「三人が……何も残さず、ここで終わったってこと……?」
武器を残して、森を生きて出られるはずがない。
この森に入る者なら、誰だって知っている。
武器は命だ。手放すことなど、ありえない。
「そんな……そんなのって……」
私は拳を握りしめた。
涙が、こぼれた。
「せめて……せめて、誰か一人でも……!」
胸の奥が、ひどく空っぽだった。
まるで、自分の大事な一部が、永遠に戻らなくなったようで。
「ミレイさん……」
アルが、そっと声をかけてきた。
けれど、私は返事ができなかった。
今だけは、希望なんて言葉、口にしたくなかった。
森の風が、静かに草を揺らした。
そこにあるのは、確かな“終わり”の痕跡だった。




