第二十二話 記録の中の痕跡
アークルゼンでの情報収集を続けていくうちに、中央図書院に冒険パーティー情報などが集まることが分かった。
風に揺れる旗、石畳を行き交う人々。
頭上には飛空艇が優雅に浮かび、遠くそびえる六本の塔——中央図書院が、私たちを待っていた。
「ここで……リュミナさん達の記録が見つかるのかな……」
アルがそっと言う。
私は、小さく頷いた。
《祈り子》だった彼女。私の師であり、仲間であり、そして最後に私を“守って”くれた人。
彼女は、呪いの森で——私を転移魔法で逃がし、それきり戻ってこなかった。
中央図書院の閲覧室。
資料をめくる司書の手が止まり、私たちを見た。
「……リュミナ・ノエル、ですね。記録があります。彼女はライアス・グレイ、ガイア・ベルダイン、ミレイ・ナナセと共に、四人でパーティーを組んでいました」
ライアス、ガイア、リュミナ。
——あの時、私の世界だった三人の名前が、記録として呼ばれるのが、少しだけ痛かった。
「ですが、彼らの最後の記録は《呪いの森》で途絶えています。
その地で、魔王と交戦したとされ、以後、ミレイ・ナナセ以外全員消息不明となっています」
「全員ですか……」
私は思わず問い返す。
司書は静かに頷いた。
「はい。正式な記録上、三名すべてが“未帰還”扱いです。
そのため、関連記録の一部は第一級指定資料として保管されており、軍部の許可がなければ閲覧できません」
——魔王。
あの夜、森で感じた、圧倒的な“闇”。
リュミナは、その存在から私を守り、逃がしてくれた。
その代償として、彼女は、戻らなかった。
「第一級は見れなくても……それ以前の記録は?」
「はい。旅程、依頼履歴、宿泊記録などの副資料は、第二閲覧室で確認できます」
私たちは手分けして記録を調べた。
「にゃ。これ、《呪いの森》への出発記録にゃ!」
ティナが指さした報告用紙には、こう書かれていた。
>調査依頼:呪いの森にて異常魔力反応
>派遣者:ライアス・グレイ、ガイア・ベルダイン、リュミナ・ノエル、ミレイ・ナナセ
>目撃報告:高次存在と接触の可能性
>以降の報告:なし
>状況:三名未帰還につき、魔王遭遇の疑いで軍部記録へ移管
「……やっぱり、あの夜の出来事は、記録されてたんだ……」
私は唇をかみしめる。
リュミナが、最後に見せたあの微笑。
私を包んだ、淡い転移の光。
「他の足跡とかはないのかな……?」
アルの問いに、ティナが首を振る。
「《呪いの森》が最後にゃ。それ以降の足取りは、どこにもないにゃ」
真新しい情報が何も無い。ここでは何も収穫は得られなかった。
沈黙が落ちた。
だけど、それは絶望の静けさじゃない。
「もう行くしかないよね。呪いの森へ」
私の言葉に、誰も反対しなかった。
今なら、行ける。
今の私たちなら、ただの無謀じゃないと信じられる。
リュミナが転移魔法で私を逃したあの日。私はまだ「助けられる側」だった。
でも今は違う。
アル、ティナ、カイルと“仲間”として戦ってきた。
そして、今日ここで確信した——彼らとなら、“あの夜”の続きを越えられるかもしれない。
「ミレイが逃がされたってことは、リュミナという人は少なくとも、最後まで正気で戦ってたってことにゃ。……諦めてなかったにゃ」
「それに、魔王の目撃情報ってのは……今の旅の目的とも繋がってくる」
カイルがうなずく。
「リュミナさん達をもしも助けられたら……」
アルが、真っ直ぐな目で言った。
「元カレの痕跡探し、クライマックスにゃ」
「だから違うってばーーーーー!!!」
そんなふざけ合いが、今はありがたかった。
——でも私は、わかっていた。
リュミナは、あの夜“終わった”んじゃない。
“託した”んだ。私に、仲間に、未来に。
だから進む。
呪いの森へ。
あの人たちが立ち止まった場所の、続きを、私たちが歩くために——。