第二十一話 紅の瞳、白銀の少年
中央都市アークルゼンでの数日。
私は、ずっと気になっていた。
道を歩けば、アルはたびたび視線を浴びた。
好奇心に満ちたもの、恐れを含んだもの、時には露骨な軽蔑。
(あの魔法の“暴発”のせい……?)
そう思ったのは、今までの出来事があまりにも強烈だったからだ。
魔法を放てば街が揺れる。
杖を掲げれば壁が砕ける。
——“破壊神”
そんな噂が立つのも、わかる気がした。
でも。
それだけじゃない。
どの村でも、どの街でも、アルは最初から“距離”を置かれていた。
夕暮れが街を包む。
私は、宿の部屋で一人、椅子に座って本を読んでいたアルに声をかけた。
「ねぇ、アル。少し……いいかな」
「うん。どうしたの?」
彼は静かに顔を上げた。
白銀の髪が、橙色の光に淡く染まっていた。
その瞳は、血のように深い紅。
「アルって……よく見られてるよね。視線、感じない?」
「……うん、感じるよ。ずっと前から」
彼は、本を閉じて膝の上に置いた。
「でも、それは僕の魔法が怖いからじゃないんだ。ずっと、最初からなんだよ。僕が魔法に目覚める前から——」
アルは、ゆっくりと語り始めた。
彼の村は、小さな山間の集落だった。
皆が同じような髪色、瞳の色を持ち、似たような服を着て、似たような言葉を話していた。
だけどアルだけが違っていた。
赤い瞳。
白銀の髪。
村の人達は親切丁寧に接してくれたがその瞳には畏怖がこびりついていた。
「ずっと避けられていた。皆、僕には関わりたくないといった感じに」
「……ひどいね」
私の言葉に、アルは少しだけ笑った。
「でも……僕には、魔法があった」
「魔法?」
「最初は、小さな火を灯せるくらい。でも、それを見たとき、みんなが本当に恐れたんだ」
彼は、小さく肩をすくめる。
「だから……剣を持つのが、怖かったんだ。もし誰かを直接傷つけたら、“やっぱり”って言われる気がして」
「だから杖を選んだんだね」
「うん。魔法は、コントロールできるかもしれないって……願った。でも、ご覧の通り」
私は、言葉が出なかった。
目の前にいるアルは、戦場で暴発して壁を砕くような“脅威”なんかじゃない。
ただ、人と違う見た目に生まれた“普通の子”だった。
——それなのに、ずっと一人だったなんて。
「……でもね、ミレイさんと旅して、ティナさんやカイルさんと一緒にいて……なんか、ちょっとずつ思えてきたんだ」
彼は、紅い瞳で私を見つめた。
「——それでも、生きてていいって」
その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
なんでそんな言葉が、こんな小さな背中から出てくるの。
それを疑ってたことがあるなんて。
私は、彼の手をそっと取った。
「アルは、いていいんだよ」
「……ありがとう」
少年の手は、少しだけ震えていた。
けれど、その震えは、かすかな希望の音にも感じられた。
誰かと違うということは、弱さじゃない。
それを“誰かと繋げる力”にできたら、きっと——
私はそっと、腰の鈴を鳴らした。
それが祈りになるように。
アルの歩みに、光が差すように。