第十九話 揺るがぬ拳、ほどける心
乾いた風が吹き抜ける岩山の道。
中央都市アークルゼンを目指して旅を進める私たちは、峠の途中で小さな野営地を見つけた。誰かが作った火の跡が残っていたが、人の気配はすでにない。おそらく先客が朝早く出発したのだろう。
夕日が地平線に沈む頃、焚き火の明かりに照らされて、ティナは肉を焼いていた。
「ふんふんふんふふーん!よしよし、この音!焼き加減バッチリにゃ!」
鼻歌を歌いながらしながら串を回すその横顔は、いつもと変わらない。
——そう、いつも通りに見えた。でも、私はなんとなく気づいていた。
今日のティナは、少しだけ、いつもより静かだった。
「ティナ」
私は焼けた肉を一口頬張ってから、切り出した。
「どうして……戦うの?」
「ん?」
「いや、ずっと思ってたの。あなたって、“戦うのが好き”って言ってるけど、なんでそんなに必死なのかなって」
ティナは一度だけまばたきをした。肉の串を口から離し、焚き火を見つめる。
しばらく沈黙が続いて——ぽつりと、言葉が落ちた。
「……親父が、嫌いだったにゃ」
焚き火がぱち、と小さくはぜた。
「猫族の里にいたとき、あたしは族長の娘だったにゃ。……それだけで、周囲から期待された。けど、親父はあたしの顔を見るたびに眉をひそめて言った。“おまえは女だ。拳なんか振るな”って」
「……」
「女ってだけで、弱いって決めつけられるの、腹が立ったにゃ。でも、なんでか悲しくて……。だからさ、親父に見せてやりたかったんだ。“女でも最強になれる”って」
ティナの拳が、無意識にぎゅっと握られる。
「強くなれば、きっと認めてくれる。そう思って、必死に鍛えたにゃ。兄貴たちより早く走って、重い武器も振るって……でも、親父は一度もあたしを見ようとしなかった」
「……それで勝手に旅に出たってこと?」
ティナは肩をすくめた。
「最後に一回だけ、親父に勝負を挑んだにゃ。真剣勝負。結果は、負け。完敗だったにゃ」
「……」
「でも……それでも親父は、“これで女の子らしく生きられるな”って言った。あたしは、それが、すごく、悔しかった」
焚き火の灯りが揺れる中、ティナはふっと笑った。
「だからあたしは、旅に出た。“女の子らしさ”とか関係ない、あたしだけの強さを掴みにゃ。親父を倒すためじゃない。——あたし自身のために」
私は、そっと息を吐いた。
「……ティナは、すごいよ」
「なにがにゃ」
「自分で決めて、自分の道を歩いてる。私……人の背中を追ってばかりだから、ちょっとうらやましいかも」
ティナは驚いた顔をしたあと、ふにゃっと笑った。
「にゃはは、ミレイはミレイのやり方で強くなってるにゃ。あのセリスとの戦い、見てたにゃ。すっごく、かっこよかったにゃ」
「……ありがと」
ティナは焼きあがった肉を一本こちらに差し出しながら、ぽんと私の肩を叩いた。
「強くなるって、痛いこといっぱいにゃ。でも、こうやって語れる仲間がいるなら——」
「……悪くないにゃ?」
「そういうことにゃ!」
焚き火を囲んで、ふたりの笑い声が風に溶けていった。
まだ夜は長いけれど、なんだか少し、前に進めた気がした。