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第十七話 銀の刃と祈りの残響

 空気が、張りつめる。


 銀髪の剣士——その一挙手一投足が、まるで“踊り”だった。


 「速……!」


 ティナが、目にも留まらぬ速さで斬りかかってきた剣を寸前でかわし、地面を蹴る。


 「おいおいおい、ガチじゃねーか!何なんだあいつ!」


 カイルが後方からナイフを投げるも、剣士はそれを首を傾けてかわす。


 まるで、そのすべてが計算されているかのように——いや、“舞う”ように。


 


 「私の名は……セリス・フィレーネ。かつて《祈り子》と呼ばれた者」


 「《祈り子》……?」


 私の胸が、ぎゅっと締め付けられた。


 それは、リュミナから聞いていた彼女のかつての称号。


 女神の声を聞き、舞で魔力を導く者——その名を、私も知っていた。


 


 「リュミナ・ノエルの“継承者”を名乗るなら……あの人の背中を知る者として、黙ってはおけない」


 彼女の剣が、もう一度光る。


 ——今度は、私に向けて。


 (……逃げられない)


 私は、一歩踏み出す。


 腰の鈴が、かすかに鳴る。


 「いくよ……!」


 私は踊り出す。


 火のように、風のように、舞う。


 ステップが砂を巻き、動きが空気を裂く。


 


 「——踊りで……剣を避けてる……?」


 アルが呆然と呟いた。


 私の舞は、防御ではない。


 でも、相手の動きの流れに“乗る”ことで、斬撃を読み避ける。


 それが、リュミナが教えてくれた《流躰舞》——戦いの中で舞う踊り。


 


 セリスの剣と、足を上げた私のハイヒールがぶつかるたび、火花が散った。


 ——けれど、私はわかっていた。


 この人は、本気で殺すつもりはない。


 私を、“試している”。


 


 「……少しは、形になってきたようね」


 セリスが静かに言う。


 「けど……それは“模倣”に過ぎない」


 次の瞬間、彼女の剣筋が変わった。


 柔らかく、しなやかで、それでいて一切の無駄のない斬撃。


 「これが——“本物”」


 斬撃と斬撃の合間に、祈るように空をなぞる手の軌道。


 それは、私がずっと追い求めてきた“誰かの背中”。


 私の鼓動が高鳴る。


 


 「——リュミナ……!」


 私は、声を張り上げていた。


 「リュミナと何があったの!?リュミナを、知ってるなら!」


 


 セリスの動きが、一瞬止まる。


 「……あの人はもう、いない」


 低く、冷たい声だった。


 「彼女は“踊り”を捨てた。杖を取り、魔法を学び、“神の声”を断ち切った。……だから、私は代わりに祈り続けた。あの人の代わりに」


 「……そんな……」


 あのリュミナが、踊りを、祈りを捨てた?


 信じられない。でも——


 「あなたは、それでも……彼女のことを、想ってる」


 「……っ」


 私は、舞を止めなかった。


 止まれなかった。


 だって——この想いは、私の中にもあるから。


 彼女を失った痛みを抱えたまま、それでも前を向こうとする気持ちを——私は、知っている。


 


 ——次の瞬間。


 剣が、私の喉元に突きつけられていた。


 けれど、止まっていた。


 鋭さを湛えたまま、しかしその刃は、私に触れなかった。


 


 セリスは、ひとつ息を吐いて、剣を引いた。


 「……少しは、継承者らしくなったわ」


 そう言って、背を向ける。


 「次に会う時は、“本当の意味”で踊れるようにしておきなさい。——それが、リュミナの“証”になる」


 


 彼女は、風に溶けるように去っていった。


 残された私たちは、しばし言葉を失っていた。


 


 「なんかすごい人だったね……怖かったけど……綺麗な剣捌きだった……」


 アルがぽつりと呟く。


 「確かに、あの剣筋。……やべぇわ。ちょっと惚れた」


 「カイル、それは不謹慎にゃ」


 「まあまあ、俺たちが追い剥ぎされなかっただけましだろ?」


 「なんで追い剥ぎが基準なんにゃ!!」


 


 私は——少しの混乱と、確かな“希望”を胸に抱いていた。


 リュミナが、踊りを捨てた理由。


 セリスが祈りを続けた理由。


 それを知るために、私はもっと強くならなきゃいけない。


 


 ——この鈴が、まだ響いている限り。


 私の旅は、終わらない。

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