第十六話 流砂の影、届かぬ叫び
砂の街・バルセムを発つ朝、空は霞がかっていた。細かな砂が空気に混じり、薄オレンジの太陽を鈍く染めている。
「はー、やっぱ朝の空気はサイコーにゃ。新しい街へ向けて、いざ出発にゃ!」
ティナが伸びをしながら、跳ねるように先頭を歩く。
「ていうかティナさん、まだあの闘技場で買ったメダル、まだ首からぶら下げてるの……?」
「自慢の証にゃ!これはもはや勲章にゃ!」
「いや、会場のガチャガチャのメダルじゃんそれ!!」
荷馬車に乗った荷物とともに、私たちは東の砂漠街道を目指していた。
途中、カイルが手に入れた盗賊装備を吟味しつつ、今日の夕飯メニューを決めるというカオスな移動時間が流れる。
「これ、割といい革じゃねぇか?盗賊のくせに無駄にオシャレだな」
「だからなんでその話題に戻すの!?あの盗賊もうパンツしか残ってなかったよね!?温情じゃなくて拷問レベルだよね!?」
「おい、装備は命を守る最後の壁だ。それを残してやったんだぞ」
「パンツは壁じゃないから!!」
そんなやり取りの中、アルがふと顔を上げた。
「……誰か、ついてきてない?」
その言葉に、全員の動きが止まる。
「なにっ……!?さっきまで気配なかったにゃ!」
ティナが耳をぴくりと動かし、あたりの空気を読む。
——その瞬間。
砂煙の向こうから、フードをかぶった人物が一人、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
男とも女ともつかぬ背格好。衣は黒く、風にまぎれるように歩くその姿に、私はぞくりと背筋を凍らせた。
「……名を名乗れ」
カイルが前に出てナイフを抜く。
アルも杖を構えて、ティナも構えを取る。
しかしその人物は、ゆっくりとフードを取った。
現れたのは、長い薄紫色の髪を持つ若い女だった。
瞳は夜の海のように暗く、どこか寂しげで、けれど鋭さを帯びていた。
「貴様ら……“踊る者”を連れているな」
彼女の視線が、私に突き刺さる。
(……なんで、私に……?)
「——その鈴。祈り子の証だな」
その言葉に、私の鼓動が一瞬止まった。
「……誰、あんた……」
私は、息をのむように問いかける。
彼女は答えなかった。
ただ、腰の細身の剣に手をかけ、静かに構えを取る。
「踊る者よ。リュミナの後継ならば、見せてもらおう。あの女の“祈り”の意味を」
砂嵐が、吹き上がる。
静寂のなか、空気が裂けるように鋭い気配が走った。
「来るにゃ!!あいつ、本気にゃ!!」
ティナが飛び退き、アルが杖を構えなおす。
私は、自分の腰の鈴を、そっと握った。
(リュミナ……あの人を知ってるの?何者なの……!?)
女の剣が、空を斬る。
——その斬撃は、まるで“踊り”のように美しかった。
そして同時に、容赦なく殺意を含んでいた。
戦いはまだ、始まったばかり。
私たちの前に現れたこの“謎の剣士”が、ただの敵なのか、それとも——