第十四話 静寂の渓谷、眠れない村
出発の朝、私たちはまだ人気のない市場を抜け、北へと続く道を歩いていた。
ティナは優勝賞金で買ったらしい新しい革のピンクグローブを見せびらかしながらスキップしている。
「見て見てにゃー!このグローブ、打撃力+5にゃ!しかも防御貫通付きにゃ!」
「さりげなく物騒な性能してるよねそれ……」
「どんな鎧でもぶち抜くにゃ!パンチ一発で粉砕にゃ!」
「人間にそれ使っちゃダメなやつだよ!?」
アルはというと、手に持った杖を見つめながら、なにやら小声で呪文をぶつぶつ唱えていた。
「……圧縮して、出力を……いや、触媒を変えた方が安定するかな……」
「アルくん、なんか魔法の研究者っぽくなってきたね……」
「暴発させないようにがんばる……ほんと、ごめんなさい……次こそは……」
カイルは変わらず無言で荷物を運びながら、耳だけはしっかりこっちに向けている。
そして私はというと、腰に下げた小さな鈴を指先でなぞるたび、少しずつ鼓動が落ち着いていくのを感じていた。
(次の舞台は、武闘大会じゃなくて……盗賊団、か)
昼過ぎ、私たちは“静寂の渓谷”と呼ばれる村に辿り着いた。
岩山に囲まれたその村は、まさに「静寂」の名の通り、どこか息を潜めるようにひっそりとしていた。
「……人の気配が薄いな」
カイルが低く呟く。
「ほんとに……お店も、閉まってるところが多い」
美怜があたりを見回すと、家の影から子どもたちがちらりと顔を出し、すぐに引っ込んだ。
(なにか、怯えてる……?)
そのとき、村の広場の奥から一人の老婆が近づいてきた。
「……あんたたち、旅の人かね。もしかして、盗賊退治の依頼で?」
「そうだ。冒険者ギルドでこの依頼を見つけてな。盗掘団が村を荒らしてるって話だな」
カイルが答えると、老婆はしわくちゃな手をぎゅっと握った。
「ありがたい……ほんとうに、ありがたいよ。最近はもう、夜も安心して眠れんのさ」
村の裏にある遺跡——そこが、盗掘団の拠点になっているらしい。
夜になると、彼らは村にまでやってきて、水や食料、時には娘まで奪っていくらしい。
(許せない……)
私は、鈴を指で押さえた。
その夜。
作戦を立てるため、私たちは遺跡の見張り台に身を潜めていた。
月明かりに照らされる岩の中、ぽつんと光る松明の列。砂の匂いと、酒と汗のにおいが混じって流れてくる。
「最低でも十人以上はいるな。武装も軽いが訓練されてる。アジトの構造も複雑だ……奇襲するなら一気に仕留める必要がある」
カイルが地面に地図を描きながら言う。
「じゃあ、あたしは正面から突撃して、十人くらいまとめてぶっ飛ばしてくるにゃ!」
「いや、それやったら他の盗賊が逃げるよね!?」
「……なら、僕が陽動を。魔力を絞って、目立つように爆発させる」
「……それ、陽動どころか地形変わらない!?」
「そしたらミレイが踊りで注意を引くにゃ。あたしが背後から回ってボコる。これ最強の作戦にゃ!」
「脳筋と破壊神しかいないこのパーティーどうにかならないの!?」
でも——
私は、笑っていた。
緊張してるはずなのに、どこか心が軽かった。
(信じられる。彼らと一緒なら怖くない)
夜明け前、私たちは静かに動き出す。
砂の渓谷に、新しい戦いの火が灯る。
その先にあるのは、奪われたものを取り戻す、ただそれだけの戦い——
だけど、それでも。
誰かの夜を、取り戻すために。