第一話 ステージの外で、異世界が始まった
軽快なホイッスル音が響き渡る。
私は、沿道の観客に笑顔で手を振りながら、リズムに合わせてステップを踏んでいた。
今日は某テーマパークのハロウィンパレード。
黒・赤・紫を基調にした燕尾服風の衣装に、ふわりと広がるスカート、小さなシルクハット。
ラインストーンが日光にきらめき、沿道の子どもたちが「すごい!」と目を輝かせている。
(今日も完璧!)
私は幼い頃から踊ることが大好きだった。バレエに始まり、ジャズ、ヒップホップ、そして今は、某テーマパークのダンサー。
人生ぜんぶステージの上。
人前で踊って、笑顔にさせて、拍手をもらって、私は生きてるって実感する。
この時間が、最高に幸せだった——その時までは。
背後から、異様なざわめきが起こった。
「きゃあっ!」
悲鳴。
次の瞬間、視界の端から、何かが猛スピードで飛び込んできた。
(え?)
それは、観客エリアから突然飛び出してきた——人間だった。
黒いフードに顔を半分隠した若い男。動きが、異常に速かった。
「——っ!」
気づいた時には遅かった。
正面からタックルされ、私はステップの途中で突き飛ばされた。
強く地面に叩きつけられ、視界が暗転する。
スピーカーから流れていたはずの音楽も、歓声も、ぜんぶ遠ざかっていく——
……鳥の声?
どこからか、風の音。
それと……草の匂い?
ゆっくりと目を開けると、私は草原の上に寝転がっていた。
青い空。白い雲。
通りすがる馬車、石造りの家々、風に揺れる旗。まるで映画のセットのような風景。
「……は?」
思わず声が漏れる。
視線を落とすと、自分はパレードの衣装のままだった。
黒・赤・紫の色が施された燕尾服とふんわりとしたスカート、きらきらのラインストーン、小さなシルクハットまでしっかり装備。
けれど——まわりの人々も、奇抜な服装の人が多い。
羽のついた帽子、長いローブ、魔法使いみたいな格好……。
私の衣装、そこまで浮いてない。いや、むしろ溶け込んでる?
「え、ここ、どこ……? 地方のテーマ村……? いや、でも、ゲスト(観客)もいないし……」
現実主義な私は、すぐには「異世界」なんて思わない。
だけど、どこまで歩いても自販機すらない街並みを見て、ようやく思った。
(これ、……やばいやつでは?)
結局、数時間彷徨ったあと、小さな宿屋の女将に拾われた。
“ケガをした巡業芸人”ということで一泊させてもらい、事情を話すと、宿の女将が「しばらく泊まっていきなさい」と声をかけてくれた。
(いやほんと、ありがたい……)
だけど、いつまでも居候ってわけにもいかない。
私は次の日から、街を歩いて求人を探し始めた。
掲示板には「家畜の世話」「荷運び人」「薬草採取」など、キツそうな仕事ばかり。
(できれば踊り関係がいいなぁ……)
そんな中、ひときわ気になる張り紙を見つけた。
『踊り子 急募!勇者パーティーにて活動できる方』
「……踊り子?」
私は思わず紙を読み返す。
(旅の一座……的な感じ?大道芸とか?まあいいや、とにかく踊れるなら!)
そう思い、張り紙を剥がして宿に持ち帰る。
「……とにかく、働かなきゃ。踊れる場所があるなら、どこでもいい」
こうして私は、“踊り子”として応募することにした。
——けれどそれは、ただの舞台仕事じゃなかった。
“戦場で踊って味方を強化する、命がけの補助職”だったなんて。
しかも、その“踊り子”が、なぜか勇者パーティの要になるなんて——
この時の私は、想像すらしていなかった。